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留学先    :Brock University
学部・学科  :保健医療技術学部 臨床検査学科      
留学期間   :2019年8月7日~8月27日           
氏名・学年  :T・Hさん(留学時:1年生) 



1.ホームステイでの出来事

 私は今回のフィールドワークでホームステイを初めて経験しました。私のホームマザーはとても親切で、雑談を大切にしている人でした。毎日の晩御飯はみんなで食べ、スマホは食卓になるべく持ってきてはいけないルールでした。そのため今日あった出来事や料理の感想、今後の予定などの話を自分の力で伝えなければいけませんでした。私のカタコトな英語を聞いてくれて、会話が絶えないごはん時間でした。食べ終わった後も、一緒にテレビで映画やドラマを見て、わからなそうな状況や難しい単語を簡単な英語を使って教えてくれました。家にいた二匹の猫もかわいく、ホームマザーはいつも赤ちゃん言葉で話すので言っていることが聞き取りやすかったし、かわいかったです。毎日が面白かったのですが、一番印象に残っている日は家に友達を呼んで一緒に泊まることを許してくれた時でした。いつもよりにぎやかな食卓でしたし、次の日の朝もオンタリオ・ミルズというショッピングモールへの送り迎えをしてくれ、道中もいろんな場所を紹介してくれて、聞き取れなかったこともいっぱいあったけれど、それも含めて楽しかったです。




2.スピーキングの壁

 英語圏に三週間滞在して、自分の英語力が全然通用しないことが分かりました。後半耳が慣れてくるし、相手もゆっくり話してくれるのでなんとなく聞き取れるようにはなったのですが、自分で話すとなるとパッと単語や文法が出てこなくて、相手に伝わらなかったり、説明することができませんでした。なので、今までのライティングやリスニングといった勉強法だけではコミュニケーションをとることができないと思い、もっとスピーキングを伸ばしていきたいと思いました。そのために空き時間にランゲージサロンに行き、英会話も受けてみたいと思いました。
 また、他の課題としては喋りかける、喋りだす勇気が意外に出ないということです。行く前まではいろんな人に話しかけて友達になりたいなと思っていたのですが、いざ目の前にすると、英語が口から出なかったり、緊張で頭が真っ白になってしまいました。そのためカナダでは無理やり人に話しかけ、積極的に行動しようとしました。三週間では完全に自分の人見知りは治りませんでしたが、最後あたりでは町の人に写真を撮ってくれるようお願いできるぐらいには成長できました。これからも困っている人がいたら声をかけたり、話しかけたりする訓練は必要だと思います。なので自分から積極的に行動していきたいと思います。





3.病院での学び

 カナダフィールドワークで学んだことの中で一番印象に残っているのが、リハ病院とテーピングです。リハ病院のHotel Dieu Shaver Health & Rehabilitation Centreでは、日本の病院では見たことのない機会の体験をすることをできました。例えば動体視力を検査するボタンが点滅する機械や、車に乗ってるような体験ができる本格的な機械をできました。それに歩く訓練をする機会を体験することが出来ました。驚いたのが病院内にスーパーマーケットやカフェの店内、家庭のキッチン、工場などが再現されていたところです。ここで、生活に慣れていくということが出来る施設になっているようになってるので、日本の施設よりもリハビリに力を入れているような気がしました。テーピングは初めてやったので初めは上手くできず、お手本と同じように巻いたとしても手首足首が動いてしまいました。その後、説明を受け無事Goodをもらうことができました。臨床検査技師では使わない体験や技術でしたが、チームとして他の職業が何をしてるか体験ができたので、カナダの医療と他の医療従事者についての理解が深まったので、とても良い体験ができました。
 




4.フィールドワークを振り返って

 このフィールドワークは今後の私の生活にとても影響するでしょう。考え方は積極的になってきました。海外では言わなければやってくれません。皆自分の意見を持ち、それをきちんと発言しておりすごいと思いました。そして、それがとてもうらやましかったです。なぜなら私が先ほども言ったように内面的で人見知りだからです。海外に行って自分を出すことを抑えることがいいことではないし、もっと自分の意見を言っていかなければいけないと思いました。将来私は臨床検査技師になることにあたって、コミュニケーション能力は必要不可欠だと思いますし、他の医療職種の業務を知ることで、連携するときにスムーズに行えると思いました。カナダで学んだことは日本の医療とは全く違っていてどちらも良いところと悪いところがあると思います。しかしこの経験で、日本で就職したときに他の人よりも、もっと多角的に物事を考えることが出来るようになったと思うし、もし海外で働くことになったとしても、考え方はわかっているので活かしていけると思いました。




5.日本とカナダの医療制度の違い

 カナダの医療制度は日本とは全く異なっており、医療費の自己負担がありません。医療機関は好きなところに行けるわけではなく、登録医がいる診療所のみになっていて、病院に行くには登録医からの紹介がないといけないことになっています。もし登録医を介さず病院に行ったとすると治療費が全額自己負担になってしまいます。カナダがなぜ、治療費無料かというと医療費分を含めて税金を払っているからです。そのため消費税も日本よりとても高かったです。とても良い制度だと思いましたが、問題もたくさんありました。
 患者さんは無料なのでちょっとした症状で訪れ、長時間待たされるということと、簡単な病気しか見ないのでレントゲンやリハビリは別料金になってしまうこと、それに大きな病院に行けないので紹介が遅れて死亡してしまうケースもあるということです。救急車は不必要に利用されないために州の健康保険証所持者は45ドル、それ以外の人は240ドルであり有料となっています。日本とどちらがいいか比べることはできませんが、どちらもより良くなっていってほしいです。


留学先    :Brock University
学部・学科  :保健医療技術学部 理学療法学科      
留学期間   :2019年8月7日~8月27日           
氏名・学年  :A・Tさん(留学時:1年生) 



1.ホームステイでの出来事

 今回のフィールドワークでは、ポーランドからの移民であるホストマザーのお宅にホームステイをさせてもらい、その家にはすでに私の他にブロック大学の留学生がホームステイしていました。韓国人、メキシコ人、日本人の留学生がおり、食卓を囲む時はお互いの国のことを話したり、先に通っていた留学生からはブロック大学のことや大学や家の周りのことを教えてもらったりと、共通語である第二言語の英語で会話することはとても興味深い経験でした。また、純粋なカナダ人でないホストマザーからイミグレーションの実体験を聞けたことはとても印象に残っています。他国のイミグレーションの制度の違いや、なぜカナダを選んだのかなど、皆が経験することではないことについて話を聞くことはとても貴重でした。ホストマザーはいつも親しみやすい雰囲気でたくさん話しかけてくれ、たくさんの場所へ行き、たくさんのことを見て、経験して、たくさんのことを吸収してくるようにと自由にさせていてくれました。そのおかげで20日間という限られた時間を有効に使い、行きたいところへ行き、見たいものを見ることができました。
 ホームステイをしてよかったと思うところは、様々な人との出会いとそこから広がる人の輪、考え方の多様性に触れられるという点です。見知らぬ人と共同生活を送ることに不安やストレスを感じる人もいるかもしれませんが、人生において1度はホームステイや留学はしておくべきだと改めて感じました。





2.今後の英語学習について

 今後はGCIの授業の他に、ランゲージサロンに行ける時は行き、外国人の先生と英語での会話を通して自然な日常英会話を積極的に学んでいきたいと思います。また、TOEICでは直近の目標は800点とし、それを超えられるように対策していこうと思います(11月13日現在、755点)。今後は仕事で英語を活用できるように医療用語も引き続き学んでいこうと思います。






3.カナダのフィールドワークで学んだこと

 フィールドワークのプログラムの中で一番印象に残ったことは、アルツハイマーセンターを訪れたことです。アルツハイマーセンターでは、どのように地域ぐるみでアルツハイマーを患うクライアントやその家族の方々をサポートしているかを見せていただきました。センターには職員の方だけでなく、ボランティアの方々も多数おり、職員とボランティアがお互い協力し合いながらクライアントをサポートしているようでした。外出が平気なクライアントや他者との交流が苦でないクライアントには、センターでの様々なプログラムを提供しているとのことでした。そのプログラムは、ガーデニングセラピーやアートセラピーなどだそうです。また、外出することを好まないクライアントには自宅に訪問し、話し相手になったり、外出も訪問も好まないクライアントには定期的に電話をかけて話し相手になったりしているとのことでした。アルツハイマーを患うクライアントに対し、このセンターが提供しようとしていることは、「共感」・「コミュニケーション」・「環境」ということで、辛抱強く、思いやりを持って接し、明るく静かで綺麗な環境を整備しているとのことでした。
 大切にしている考え方は、アルツハイマー(認知症)とともに生きる方々に対してどのように優しくなれるか(How can we be kind to people living with dementia?)ということで、自立した生活を送るためにはどのようなサポートが必要か、楽に生きられる方法一緒に考えてサポートしているとのことでした。例えば、手先が使いづらい方ならば、ファスナー付きでベルトの必要なズボンとウエストがゴムのゆったりとしたズボンのどちらを履きたいと思うのかといったことです。現在の私たちにとってファスナーが付いていてもベルトが必要だとしてもさほど不自由を感じることがなく、この感覚が当たり前だと思ってしまっています。しかし、もし自分の体が思うように動かないとしたら、そう考えてみると視座が変わります。それに伴って見えてくることも変わります。このアルツハイマーセンターでは加齢現象のシミュレーションにより、そういった感覚の啓発をしています。実際に様々な疾患別の特徴的な症状を再現し、それを体験することができます。
 まずは耳栓をして聴力の低下を再現し、靴下を脱ぎ、靴の中にポップコーンの種を入れて神経痛の再現をします。そして、それと同側の足に重錘をつけ、利き手に指先に綿を詰められた手袋をつけ、指先の感覚の鈍さを再現し、中指に棒を入れて曲がらないようにします。同じ手の親指と人差し指を対立させた状態でテープ固定をし、リウマチで動かしづらくなった指を再現します。最後に装飾の施された眼鏡をかけます。その装飾とは3種類あり、脳卒中・白内障・糖尿病の患者さんの目の見え方を再現したものです。そのような状態になった後、部屋を移動し、職員の方の指示に従って日常的に行っているようなタスクを行いました。コップに水を注ぐ、下着をつける(女性のみ)、懐中電灯に電池を入れるといったことです。そうした簡単な動作も手や目、足が不自由な状態では想像以上に大変な重労働で、建物内の移動ですら比較的安全であると分かっていても見えないことで恐怖感が増しました。
 このようなシミュレーションを通してセンターの方々が伝えようとしていたのは、「Behavior has meaning」「行動には意味がある」ということでした。時にアルツハイマー患者の方々は攻撃的と表現されてしまうけれど、そう言われてしまう行動の裏には必ずその人の考えや理由があって、それをサポートする側にはわかっていてほしいとのことでした。今まで何不自由なく動いていた体が思う様に動かせなくなることは恐怖であり、もどかしく腹立たしいものでもあります。その様な気持ちを医療従事者として働くために勉強している学生のうちにこのシミュレーションを通して体験できたことはとても有意義なことだったと思います。





4.学びを活かす
 
 FWにおいて学んだ医療英語と前述の体験から得た学びを忘れず、医療英語は外国人選手との会話やサポートの時に活かし、体験から得た学びは身体が不自由になってきた祖母との関わりの中で活かしたいと思います。祖母は認知機能の低下も見られ、何か思い出せないことがあると決まって「年取るって嫌ね」と言います。それを聞くと、今までできていたことができなくなることはどんな人にとってももどかしいことで、それに対して嫌悪感を抱いてしまうのだと想像ができます。だからこそ、祖母の立場に立ち、思いやりを持った行動をしたいとアルツハイマーセンターでのシミュレーションを通して思わされました。まずは身近な大切な人に対して、このFWで学んだことを活かしていこうと思います。






5.カナダの医療制度について

 カナダでは医療費はほとんど全額税金によってまかなわれ、日本でいう保険証を持っている人は例外なく基本的な医療が受けられます。しかし、いきなり病院に行くことができないため、どんな重篤な疾患であってもホームドクターを介して医療を受けることとなります。このシステムは病院にホームドクターで診られる軽い疾患の患者が来て、先進医療や高度医療を受けるべき患者が受けられなくなることがないようにするためだと思います。そのシステムは病院を健全に安定的に運営していくためには必要な制度だと思いますが、患者からすると重症であるのではないかと不安になっている時はもどかしいのではないかと感じました。

留学先    : Veliko Tarnovo University   
学部・学科  :外国語学部 英語コミュニケーション学科 国際教養コミュニケーション専攻   
留学期間   :2019年7月12日~8月7日           

氏名・学年  :Y・Uさん(留学時:2年生) 



1.留学の目標
 私は今回の留学は自分にとってとても良い経験になると留学前から思っていました。実際、日本人になじみのない環境で生活するというのが大切なことだと気づきました。
 私の留学の目標は、ブルガリア語の学習と英語力の向上、異文化理解でした。それらを達成するために、毎日の授業を一生懸命受け、ほかの国からやってきたセミナー参加者と積極的に会話や行動を共にしました。異文化を理解するために、初めて見るものや日本のものとは異なるものや事をいちいち比較するのではなく、こういうものだと理解するように心がけました。海外の人たちと交流することに関しては良くできたと思います。ほとんど毎日彼らと英語で食事をし、母国について話し合ったりしていました。食事中や休み時間にそういった話をするのが一つの楽しみでした。




2.ブルガリア語学習 
 一方、ブルガリア語の学習に関してはあまりうまくいきませんでした。その理由として自分の英語力不足があります。ブルガリア語の学習をするとき教室内の共通語は英語になります。英語の文法用語を勉強していなかったのでそこで躓いてしまいました。次回参加する学生には文法用語の学習をすることをお勧めします。




3.異文化理解
 異文化理解に関しては積極的に取り組みました。異文化理解で一番大切だったのは常識を忘れることでした。常識を忘れ、異文化を楽しんだ時、もはや現地の生活に適応していました。自分の性格がポジティブ思考というのもありますが、物事すべてを良いほうに考えると案外うまくいくものです。



 
4.変化
 私は今回の留学に参加するまでは、割と他人の目を気にして生活することが多かったと思います。その理由として何かを考えるとき日本人としてのフィルターを挟んでから物事を考えていたからです。人から何か言われたらそれが正しいような気がしていました。だがブルガリアで様々な国籍の人たちと会話して気づいたのが個性の大切さです。彼らは個人を大切にしており、必ず自分の意見を持っています。今までだったら他人の意見や視線を気にしていましたが、今ではそんなことは考えなくなりました。人の意見を聞くのは大切なことだけど、自分の意見を持ち、主張するのがもっと大切だと思いました。ただ、こう言った感覚は異文化の人と関わっていないと考えることが少なくなってきてしまうので、日本にも異文化の人はたくさんいるのでそういう人たちとこれからも積極的に関わっていきたいです。



5.現地での生活
 放課後や週末は積極的に町に下りたり、違う街に行ったりしていました。違う街に行った理由としては、公共の交通機関を使ってみたかったからです。日本だと1時間のうちにたくさんの電車が来るので、前もって調べたりする必要はないかもしれません。ですが私が行ったカザンラクという場所に行く電車は1日に2本しかありませんでした。前日に電車の時間や乗り換えの場所も把握する必要がありました。乗り換えに失敗したら目的地にも行けないし帰ることもできなかったのでその経験はとても良かったです。友達と町へ降りてそこで観光するだけで英語を使いますし、店員さんとはブルガリア語で会話をするので町に行くことはとてもお勧めします。




6.本プログラム参加希望者へ

画像1.jpg 右の写真は今回のセミナーに参加した人全員で撮った集合写真です。ヨーロッパ、アジア、中東、アメリカ、世界中からブルガリア語を学びたい人が来ました。彼らはとてもフレンドリーだったし、良い人ばかりだったので帰国するのが名残惜しかったです。異なる文化の人たちと毎日関わることができ、楽しい時間を過ごすことができました。
 この留学に参加することで英語力は確実に伸びます。英語力だけでなく人との接し方や肝も据わると思います。私が次この留学に参加する学生に伝えたいのは、行動をするのが大切ということです。こんなに良い環境なのに奥手になってほかの人に話しかけないのはもったいないですし、見ていて、そういう人は少し浮いている気がしました。私は今回の留学は成功し、十分に得られたものがあったと思っています。
 案外、人は見られているようであまり人のことを見ていません。自分をアピールし、良い方向に物事を考えていけば成功します。この留学に参加したいと思っている方はぜひ参加してみてください。きっと今まで日本にいるだけでは得られなかった経験を得ることができるはずです。

留学先    : University of Technology MARA(UiTM)
学部・学科  :外国語学部 英語コミュニケーション学科 国際教養コミュニケーション専攻
留学期間   :2019年8月8日~8月24日           
氏名・学年  :K・Hさん(留学時:1年生)               



1.留学の目標
 今回の留学は私にとって、初めての海外、今までにない長い宿泊、環境の変化に弱い自分の体や心のことなど不安要素の多い挑戦だった。しかし英語を使った仕事を目指していること、自分の考え方を広げたいという思いから今回の留学を決めた。そして私は留学に行く前に目標をたてた。大きな目標は、「英会話を通してのリスニングとスピーキングのスキルアップ」、「他の言語と文化を持つ人との関わりを通して自分の視野を広げること」の2つだ。さらにそこから、英語を身近に感じること、英語を使って人と関わることを恐れないこと、海外に友達を作ること、現地の文化に触れることの4つをスモールステップとした。




2.英語学習
 留学に行ってみると、バディや現地の先生方と過ごす英語漬けの生活はすごく楽しかった。自分からも英語で話しかけてみようと意識してからは、授業中の質問の他に、移動中や放課後の会話、カードゲームに英語で取り組み楽しんだ。バディと親しくなるにつれて、次第に英語で話すことを気負わなくなった。むしろもっときちんと英語を理解して話をしたいと思うようなった。それは買い物時にバディなしでは店員と話せなかったり、バディの話を十分に理解できなかったり、自分の言いたいことを英語で表現できなかったり、知っているはずの文法事項を会話に盛り込めなかったりと悔しい思いをしたときにより強く感じた。今までやってきた筆記による英語学習では見直しや書き直しができるが、話すとなるとそうはいかない。留学中は英語で話すことが多かったのでこれらの反省点は少しずつ改善したが、自分の中ではまだ納得がいかなかったので、日本での私の課題とした。そして帰国後は、バディとのメールや電話でのやり取り、その時に調べた言葉や文を書き溜めるノート作り、受験時と大学で使用中の問題集の解きなおしを行っている。さらに、バディのひとりに辞書から10個の単語を選んで覚えるためにそれを毎日コンスタントに行うことを勧められたので、これも実践する。これらによって"聞く"・"話す"の技能や、それ以外の英語の技能も改善して、次に英語を話す時に活かしたいと思っている。




3.言葉で伝える文化
 文化や生活に関しては日本との違いを多く感じた。例えば、「確立された宗教の存在、風呂はなくシャワーは水、トイレではペーパーではなく水を使用(私たちはペーパーを持参)、ゴキブリなどの虫が多い、野良猫も多い、飲食店の食器がきれいとは限らない、出される肉料理が焼けているとは限らない、人は時間にルーズ、食べ物は辛すぎるか甘すぎるものばかり」という点にはよくショックを受けた。しかしマレー語や英語の授業、伝統的な家の見学、ココナッツの実を削ったり、手で食事をしたり、伝統的な踊りや楽器を演奏したりと多様な校外学習から「自分の感情をすぐに言葉にして表現する事」を学んだ。初めはすごく戸惑ったが、段々とできるようになった。これは日本の"察する文化"とは対照の"率先して言葉にして伝える文化"の特徴だと思う。これからは自分の発想力を自由に表現できる心の広さを持ちどんな環境下でも率先して楽しむ行動力を、自分の強みにしたいと思う。




4.生きること、死ぬこと、食べること
 文化の点では牛を犠牲にする儀式に強く衝撃を受けた。目的は牛の肉を貧しい人達に無償で配り、感謝をしながらみんなで共有して食べるためであるあること。イスラムのカレンダーによって儀式の日が決まるため定まった日ではないこと。殺す牛が5頭の理由は"牛"という概念を保ち、殺すことに人間の欲望に走らせないためであること。牛が最小限の苦しみですむように、殺す際には人間が牛の首や足を紐で抑えてひっぱって弱らせてから首の筋を一度傷つけるというやり方をとること。これらの説明をバディから受けた。実際に見たのは殺された直後に皮をはぎとられているヤギ一頭と殺される牛一頭ではあったが、とても言葉にはできなかった。牛が弱っていく間に足をおって抵抗していても人間にひきずられていたり、殺されている間も牛と私たちの目がずっと合っているように見えたり、牛が首を切られるときの機械音のような低いブブブという鳴き声を聞いたりして、私は心のなかで何か重いものが落ちたように感じた。泣くつもりはなかったが、終始涙をこらえられなかった。しかしこれを通して、生きること死ぬこと食べることなどについて改めて考えられるため、見るべきものだったと感じた。昼には調理された牛たちが出てきたが、感謝をしてきちんと食べることができた。今でもこの儀式での光景や音、匂いなど鮮明に思い出せるほど、私の中で印象深い出来事である。このような様々な文化体験等を通して、当たり前と思っていたことに疑問を持ったり感謝するようになったことは精神的成長だといえる。




5.バディとの思い出と留学の振り返り
 留学中の良い思い出は、マラッカバディとの生活だ。特に印象的なのは、日本の文化を伝えた時のバディの反応だ。なかでもお囃子や合気道、習字の説明をしたり、お囃子は私の笛を披露したり実際に手にとってもらい吹いてもらったり、獅子舞や天狐の折り紙をプレゼントしたりした時に、すごく喜んでもらえたのが嬉しかった。そして一番驚いた出来事は、短期プログラム3人が日本に帰るために空港に行ったときに7人のバディがマラッカの先生とサプライズで来てくれたことだ。下記の写真はその時のものだ。一緒にいるのが嬉しくて笑ったり、別れたくなくて泣いたり、短時間の中で感情が忙しかった。シャーラムや日本に移動してからも頻繁に連絡を取り合うほどに仲良くなった素敵なバディたちに囲まれて、感謝ばかりの留学生活をおくることができた。
 以上より私は留学を通して4つのスモールステップと2つの目標を達成することはほぼできたといえる。また今回達成できなかった課題や新たに見つかった課題は少しずつ消化して、またいつかバディに会いにマレーシアに行きたいと思う。



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留学先    : University of Technology MARA(UiTM)
学部・学科  :外国語学部 英語コミュニケーション学科 国際教養コミュニケーション専攻
留学期間   :2019年8月8日~8月24日           
氏名・学年  :R・Iさん(留学時:1年生)               



1.留学の目標
 今回の留学は、得るものが全て新鮮であった。留学に行くこと自体が初めてだった私はとにかくその地の環境に慣れ、楽しむこと、そして今ある自分の英語力をより高めることが第一の目標であった。第二の目標として、現地の人と友達になること。第三の目標として、現地の文化を知りつつ日本の文化も伝えること。これら三つが私の留学前に立てていた目標であった。

 

2.人の温かさ
 まずマレーシアに行って一番に感じたことは人の温かさである。バディーズとは衣食住すべてを共にしていたため嫌でも仲良くなる、むしろ仲良くなりすぎる。大学に行くのも、ご飯を食べに行くのも、何をするのも一緒で、一緒にいない時間を探す方が難しいくらいずっと一緒であった。特にバディーズの温かさを感じた場面はご飯を選ぶとき。日本人の私たちの味覚に合うように辛くないものを探してくれ、どんな食材が入っていてどんな味がするだとか、嫌いな食べ物はないかなど、常に私たちに気を配っていてくれたことが印象に残っている。そこで私がさらに感じたことは、現地の人は料理の内容をよく知っているということだ。もし私が逆の立場であったら、ここまで詳しくは説明できないだろうと思った。これをふまえて私は日本食についてもっと知り、人に説明できるようにならなければならないと思った。



3.文化の違い
 次に感じたことは文化の違いである。マレーシアはマレー系、中華系、インド系の三つがあり、私たちのバディーズはマレー系であった。宗教はイスラム教でそこには日本人の私には考えられないくらい多くのルールがあった。食に関して、豚肉は食べてはいけないし動物性の油が使われているものは食べられない。酒も宗教上禁止されている。他にも女性は家族以外の男性に触れることはできないし、肌を見せてはいけないから長袖長ズボン、スカーフは女性の前では外しても良いが家族以外の男性の前では外してはいけないともバディーは言っていた。また礼拝は一日に五回、寺院に入る前には身体を清めなければいけないなど、この他にも多くのルールがあった。



4.マラ工科大学
 UiTMでは様々な体験をすることができた。マレー語を教わったり、マレーシアの伝統的な朝ごはんを自分たちで作ったり、アートの授業ではボンドのようなもので縁取りをして色付けをし、一枚の絵を完成させた。他にもマレーシアの伝統的なお菓子を食べ、遊びをし、マラッカの街をクイズの答えを探しながらまわり、それを基にプレゼンテーションを作成し発表もした。最初は戸惑ったが現地の人と同じ食べ方を体験できたことで、マレーシアの人たちの気持ちを少しは理解できた気がする。


5.hari raya korban (ハリ ラヤ コルバン)
 留学生活の中で一番心に残っているのはイスラム教の儀式の一つである「hari raya korban (ハリ ラヤ コルバン)」を見たことである。これは牛や羊などの首を切り、それを頂くことで全ての生き物に感謝しようという意味が込められた儀式であると聞いた。なかなか見ることのできないものを見られて感動したし、命を頂いているから自分の命があるのだということを改めて実感させられた。



6.留学を振り返って
 一つ心残りなことは、お互いの話をしていて日本の国旗の意味を聞かれた時に、ちゃんと答えられなかったことだ。マレーシアの人は自分の国のことをよく知っていて、国旗の意味はもちろん、食、文化、歴史など全部話してくれたのに、私は日本のことを全然伝えられなかった。すごく心残りで悔しさもあったが、これは今回私がこのような留学をしていなかったら気付けなかったことだから、気付けて良かったと思う。
 学校生活以外ではナイトマーケットに行ったり、ローカルフードを食べたり、TESCOというショッピングモールに行って買い物をしたり、閉園後の遊園地で花火を見たり、寮の外でバトミントンをしたり、夜遅くまでUNOをしたり、いろんなことをした。どんな時間も楽しくて、楽しすぎて、終わらなければいいと思った。マレーシアでの毎日は見るもの体験するものすべてが新しくて、充実していて、最高だったと言い切れるほどであった。



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この写真は私の自慢のバディーズたちです。大好きすぎてお別れするのが嫌でずーっと泣いていました(笑)マレーシアと日本は近いとは言えない距離だけど、お金を貯めて必ずまた会いに行くことを約束しました。みんなにはずっと幸せでいてもらいたいです。Terima kasih!!!

留学先    :University of Otago Language Centre
学部・学科  :外国語学部 英語コミュニケーション学科 国際ビジネスコミュニケーション専攻   
留学期間   :2019年2月19日~6月16日           

氏名・学年  :A・Oさん(留学時:2年生)               



 極寒の日本を出て、夏の強い日差しが降り注ぐニュージーランドでの生活が楽しみだった2月から4ヵ月が経ち、極寒のニュージーランドから梅雨時の日本に帰国した。成田空港に到着し飛行機を降りた際には、気温差のせいか、4ヶ月前の感覚が蘇り懐かしい気持ちに駆られた。改めて思い返すと、4ヶ月間のニュージーランド生活を通して、伝えきれないほど多くのことを学び、貴重な経験をし、吸収してきた。今回は、異文化理解、英語力の上達をテーマに下記に述べていこうと思う。


1.異文化理解
 1つ目の異文化理解についてだが、正直なところ留学前から私は異文化理解ができていると思い込んでいた。大学にはアメリカや韓国など様々な国から留学生がきており、授業や部活動を通して関わることがあったためだ。しかし、ランゲージセンターでは世界各国の友達と英語を勉強し、深く関わることができるため、4ヶ月の中で数多くの国籍や文化の違う人たちとの交流を経て異文化への考え方や接し方が大きく変化した。
 ホストマザーが作ってくれる料理や、ニュージーランドのレストランで提供される料理、さらには他国の友達がランチ時に食べている料理に、今となっては慣れることができたが、初めは受け入れるのに時間がかかった。日本では、一汁三菜が基本の生活をしていたが、私のホストマザーは、ご飯代わりのポテトとメインの肉料理、さらにはサイドの野菜をワンプレートにのせたものが基本だったため、どこか物足りなさを感じていた。また、その他にも、ご飯や野菜などにもナイフを使って食べたり、食前と食後の挨拶がなかったり、日本のお弁当とニュージーランドのランチボックスのスタイルの違いだったりと、当たり前ではあるが日本と違うことが多くあった。特にランチボックスに関して、私のホストマザーは、ランチは軽く済ませるそうで、いつもリンゴやミカンなどの果物とポテトチップスやクッキー、クラッカーなどのスナックか、サンドウィッチの組み合わせが入れられていた。スナック菓子をひとつのミールとして考えている文化に驚いたが、私よりも前からニュージーランドに留学しにきていた友達に相談したところ、今は変と思うかもしれないがこれがニュージーランドの文化だから、と教えてくれた。国や文化が違う中で、ひとり受け入れられていなかった自分がとても恥ずかしく感じ、違うことが当たり前だ、と考えられるようになった。
 食文化ともうひとつ、異文化理解によって環境に関しての考え方が大きく変わった。ホストファミリーと生活をともにする中で、毎日シャワーに入っていないことに気がついた。日本では毎日お風呂やシャワーに入ることが当たり前なため、正直汚いと思ってしまったが、ニュージーランドでは環境のためシャワーは2日に1回、10分以内で済ませているらしい。学校の先生たちも、授業の中で水やごみの分別、プラスチック利用の削減など環境問題について触れることが多く、環境に対して考えるだけでなく行動に移し、自分たちが住む環境をより良いものにしようとしていることが良く伝わった。日本と比較すると、これまで自分が何も考えずに生活していたことが分かり、考え直すきっかけとなった。異文化を理解することで、自分の知らない世界が広がっていることに気がつき、多方面から物事を考え、視野を広く持つことの大切さを学んだ。




2.英語力の上達
 2つ目は英語力の上達について述べていく。リーディング、スピーキング、リスニング、ライティングの4技能全てにおいて確実に上達したと胸を張って言える。公式のTOEICの試験はまだ受けていないが、午後の授業内で取組んでいた模擬試験では初めて受けた時よりも正解数が増加し、帰国前に受けた学校のテストではほとんどの課目で満点を取るなど、英語力の上達が可視化されている。その原因として、勉強に取組む姿勢と友人やホストマザーとの積極的な交流が挙げられる。
 授業前、毎朝図書館に寄り予習復習を欠かさず取組んだり、ランゲージパートナーを作りメールでのやり取りや休日に学集会を開いたり、学校以外に空手やZUMBAなどの習い事に取り組み、ネイティブとの交流の機会を増やしたりと、自分で工夫しながら4ヶ月間を過ごした。その甲斐もあり、帰国が近くなってくる頃には、英語力が上がったことが自覚できるくらいに成長したと感じた。バイトなど時間に追われるようなことがなったからこそ、勉強に十分な時間を充てることができ、有意義な時間の使い方も学ぶことができた。また、英語で海外の人とコミュニケーションをとることができることの楽しさも同時に学ぶことができた。

 


3.留学を振り返って
 留学前は、英語は好きだが話すことに自信がなくコミュニケーションをとることを躊躇していた私が、今は自信を持ち積極的に英語を使うことができるようになったことが一番の成長だと感じる。今後は、4ヶ月間培ってきたものを無駄にしないよう、英語の本を読んだり、チャットラウンジに通ったり、TEDトークやYoutubeなどを活用したりして英語学習を継続していこうと思う。


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学先     :University of Otago Language Centre
学部・学科  :外国語学部 英語コミュニケーション学科 国際ビジネスコミュニケーション専攻   
留学期間   :2019年2月19日~6月16日           

氏名・学年  :N・Sさん(留学時:2~3年生)               


私が四か月のニュージーランド留学を得て、自己成長につながった二点について述べる。



1.リスニング力の向上
 一つ目に、リスニング力の向上だ。ニュージーランドの英語は、私が留学前に学んでいたアメリカ英語ではなく、イギリス英語ということもあり発音の異なる単語が多いため、聞き取りが困難な場面に何度も直面した。ランゲージセンターの先生は、わかりやすく発音してくれることが多く、理解することが簡単だがホストファミリーの英語を聞き取るのは本当に苦労をした。そのため、初めの一か月は、話すことよりも相手の話を理解する事に集中した。
 例えば、私のホストマザーは食後に友達とよく電話をするのだが、私は自分の部屋にこもらず、一緒にリビングで過ごしなるべく英語に触れる機会を増やすよう努力をした。この努力を続けた結果、相手の話への相槌の打ち方、会話の表現としてより自然なフレーズを得ることができるようになった上、ホストファミリーの情報を得ることが出来るため、普段の日常会話にも活かすことができ一石二鳥であった。二か月が過ぎるとホストファミリーから英語上達したねという言葉ももらい、聞き取れていると思われたのか帰国間際にはかなり早口で話されることが多かった。それでも単語を一つずつ聞き取ることで相手が何を話しているのかを大まかに理解することができた。
 帰国後一週間でTOEICを受けたのだが、リスニングが前と比べてかなり聞き取れることが出来るようになったと自信をもって言える。結果の返却はまだだが、スコアが上がるのは確実だと言える。自分から英語を積極的に学ぼうという姿勢があるかないかで英語力は良くも悪くもなると感じたため、ホームステイという貴重な機会を利用できたことが自分にとって大きな成長になったと思う。


 
2.コミュニケーションスキルの向上
 二つ目に、コミュニケーションスキルを伸ばすことが出来た点だ。この四か月の間で、多くの多国籍の人と出会い、コミュニケーションをとる場面が多かった。この機会を利用し、私の少し人見知りな性格を変えようと、なるべく自分が参加できるチャンスを逃さないようにした。
 例えば、友達を作るために積極的に大学が主催するイベントに足を運んでみる、ホストファミリーの友達との集まりに参加させてもらう、ランゲージセンターで同じクラスになった人と一緒に出掛けるなどである。初めの二週間はホストファミリーとの会話でさえ緊張してしまい、何を話したらいいのかわからず黙り込んでしまうことが多かった。自分の考えを上手く伝えることが出来ず、自分から積極的に話さなかったため、ホストファミリーにはじめは静かな人だと思われていたのではないかと思う。しかし、自分の中でこんな自分を変えたいという気持ちがあり、何事にも積極的に参加したことで、自分のコミュニケーション力にも変化が現れた。今までは、相手の話をただ聞くだけ、質問に答えるだけであったのだが、そこから話を広げてみるなど初対面の人とでも話すことが出来るようになっていたのである。
 自分にとって一番成長したと思えるエピソードは、帰国する三週間ほど前に家に帰るためにバスを待っているとき、ある女性がバスの方面があっているのかを確かめるべく、バスの時刻表を眺めていたため、「何番のバスを待っているの?」と自分から会話を始められたことだ。今までの自分とは比べられない成長だったため、今思い返してもコミュニケーション能力は上がったと自信を持って言える。



3.留学を振り返って
 このように私が成長できた大きな理由として、周りの状況にとても恵まれていたからだ。最初にも述べたが、私は多くの人とコミュニケーションをとる機会を得ることができた。ただ単に機会が多かっただけではなく、ニュージーランドという東京と比べればかなり田舎であり人口も少ない分、フレンドリーな人が多く初対面の人とも会話を簡単に始めることが出来るKiwisの文化を学んだからではないか。バスを降りるときは必ずバスの運転手にお礼を言うこと、お店を出るときも良い一日にしてねという声を掛けてもらえること、道端で全く知らない人におはようと言われること、このようなことがニュージーランドでは当たり前であった。この四か月間、毎日目にするKiwisの文化が当たり前となり、日本に帰国しても今までは初対面の人でも自分から話題を振ることや、お店の店員に挨拶を欠かさずするなど自分の中での意識を変えることが出来た。
 ニュージーランドという国を選び、素晴らしいホストファミリー、クラスメイトに恵まれたことに感謝し、この国で学んだことを忘れず今後の日々の生活に活かしていきたい。



画像2.pngのサムネイル画像                  学校最終日に修了証をいただいたときの写真

イベント

[ カテゴリ:イベント ]

04月

1日

2019

留学先    :Cabrillo College
学部・学科  :人間学部 児童発達学科
留学期間   :2019年3月10日~3月26日           
氏名・学年  :M・Tさん(留学時:1年生) 



1. 初めに

 私はこの海外短期フィールドワークを高校生の時から行きたいと思い、この大学に入った。実現できて嬉しかったが、自分の現在の英語の知識で会話ができるのだろうか、初の実習が海外で上手く子どもと関わることができるかなど不安はあった。しかし、事前の英語の授業や周りの人の優しさに包まれ、とても良い経験をさせていただいた。
 そして今回の留学で日本と海外の幼児教育の異なる点を重点に観察と実習を行った。私はまだ日本の実習に行ったことがないので、ボランティア活動で学んだことや自分が通っていた保育所と比べて違いを見つけた。




2. ガブリヨ大学子どもセンター

 ここは乳児(infants)、幼児前期(toddlers)、幼児後期(preschoolers)の3つの施設がある。観察室があり「ふらっと」のような場所である。
 まずは乳児(infants)である。おやつタイムの後に飲み物を先生が出していた。食べている時にこぼさないようにする配慮だと思った。先生はミルクを子どもでも注ぐことができる量をボトルに準備して、子どもが自分自身で注いでいた。自分でもできることがあるということを発見するためだと言っていた。おもちゃとして本物のスプーンを使っていた。また日本と異なることは、先生1人に担当する子どもが決まっていた。担当している子どもについて良く知ることができるし、その子にじっくりと寄り添うことができて良いと感じた。しかし、担当ではない子どもにも話しかけていた。それは担当の先生がお休みの時にその子の情報を知っていることで、その子にあった関わりができるようにするためだという。また、先生同士で話し合いをして、危険なことを他の子どもにもしないように情報共有をするためである。
 また気になった点として、まっすぐ行くとすぐに外に出ることができる環境になっていた。中で遊んでいた子どもが外に行こうとすると、先生は外の入り口まで行くが外には出ない様子が見られた。こちらでは外、中、全体の責任者で分かれているという。
 次に幼児前期(toddlers)である。おやつを食べる時間が子どもによってバラバラだった。日本ではいただきますから、ごちそうさままでをみんなで集まって決められた時間にとるので驚いた。また、日本では一人分のおやつの量が決まっている。しかしこちらでは、子どもがボールに入っていたおやつを自分で取っていた。理由として家庭でもそのような食べ方をする文化であることもそうだが、自分が食べることができる量を考えることができるようになるためであるという。
 施設の環境にも違いが見られた。泡やハンモックがあった。泡を口に入れてしまう可能性も考えられる。また、ハンモックはぐるぐると回っていて、子どもが落ちたら危険だと感じた。おもちゃの種類は多いが危険なものもあると思った。しかし、これらは安全と証明されているものであり、さまざまなものに触れて感覚を楽しむことを大切にしているという。天井にも物がつるされていた。上から落ちてしまったら危ないが、転んだ時など上を見上げた時に注意を引くような環境づくりである。
 次に幼児後期(preschoolers)である。子どもが外で遊んでいる時を観察していると、先生は近くで見ているだけで、先生から子どもと関わっている姿が見られなかった。子どもが主体的に遊ぶことができるようにするためであるという。先生たちの服装がヒールのあるサンダルの人やスカートの人もいた。日本では安全で動きやすいような服装で保育をするので驚いた。そのクラスのMaster teacherにもよるが先生だけが特別ではないという考えもあると教えてくれた。



3.シムカプリスクール

 2歳から5歳までの子どもを3つのクラスに分けて少人数で構成されている。さまざまな国の人形が置かれていた。このことで、子どもの時から肌の色の違いに差別がない心に育つと思った。テーブルが3つあった。1つ目は絵を描くところ、2つ目は注射器やスポイトを使って絵の具であそぶところ、3つ目はブロック遊びができるところで分かれていた。子どもたちは自由に遊びたいと思う机に行き遊んでいた。また、たくさんの種類のおもちゃがあり、多くのものに興味関心を持つことができる環境になっていた。外にはピアノがあった。ピアノは日本では先生しか触ってはいけないもののような存在だが、外にあることで子どもたちは見かけると鍵盤を押して楽しんでいた。裸で遊んでいる男の子がいた。先生は天気が悪くない日だけ裸になっても良いと言っていた。
 昼食の時間になった。ご飯を食べる前には先生が砂時計を見せて30秒ほど静かにする時間を設けていた。騒いでいた子どもが一気に静かになり、感心した。メリハリをつける練習になると思った。昼食は丸ごとそのままのリンゴを持ってきていた子やゆで卵をそのまま持ってきていた子、ポップコーンを持ってきている子がいた。日本とは異なる食文化に子どもたちの昼食を見ることが楽しかった。ゆで卵の殻を剥くのはとても上手で慣れていた。野菜を残してしまう子どもがいた。野菜を好まないことは日本と同じだと感じた。しかし、先生は注意をしていなかった。ミカンの皮を剥くことができずに先生に頼んでいる子どもがいた。先生は硬い部分だけむいてあげていて、残りを子どもが剥いていた。できることは子どもがやるというやり方は日本と同じだと感じた。みんなで食べ終わるのではなく、食べ終わった子どもから外で遊んでいた。食べている子どもと遊んでいる子どもがいる環境だった。
 その後は15分ほどのアクティビティの時間があった。人形劇やダンスをする時間があった。人形劇で悪人が出てきたら、自分が作ったおもちゃを振っていた。おもちゃをお話と連動する遊び方があることに気づいた。
最後帰るときに男の子が「Stay with me」と言ってくれた。言語が異なりあまり会話が取れなくても心で繋がることができると感じた。



4.リズコットスクール

 ここはKから8年生まである公立学校である。日本では幼児、小学生、中学生と幅が広い異年齢が集まった学校はないので異なることはたくさんあった。日本は学年ごとにクラスを分け同じ年齢同士で授業を受けている。しかし、ここでは、1年生から3年生の異年齢のクラスがあり、その子の能力に応じてクラス分けがされていた。このことにより、1.2年生は3年生の上の年齢の子を見て頑張ろうという気持ちになる。自分たちより能力の高い人といることで、水準の高いところにいけるという。また、3年生は1.2年生の問題に戻り、復習ができる環境になると教えてくれた。 私は塾講師をしている。年齢は同じでも能力は一人一人異なることはよく分かる。塾は個別だからその子に合わせた教え方やレベルの問題ができるが、日本の学校は一人一人に合った教え方ができにくい環境である。このように能力によって分けることは、その子にあった教えができて良いと感じた。
 また、勉強をする机が円になっており、色々な人の顔が見え教えてもらいやすい環境だと思った。6.7人ほどの少人数の円でもあり、読めない箇所があると隣の人以外の人でもその子が困っていることに気づき、教えてくれたりして本を読んでいた。勉強が身につくことはもちろん、さまざまな人との関わりや協力性を学ぶことができる環境作りだと分かった。
 異なる点としてペンと紙だけで机に向かって勉強する日本の授業とは異なり、歌ったり踊ったり劇をしたりする時間がたくさんあった。日本は歌うとなると合唱がほとんどで、みんなと同じ歌を一緒に歌うだろう。しかし、ここでは小学校低学年の子が一人で歌っていた。歌や踊りを通して自分を表現することが日本の子より慣れていると感じた。みんなが歌ったりしている時にベッドの2階で3人の子どもがいた。私は子どもが怒られてしまい、みんなとは違う場所にいるのかと疑問に思い先生に聞いてみたら、ベッドはまだ本を読みたいと言った子どもが読むことができる場所にしていると言っていた。日本の幼児教育は、子どもが主体的だが、小学生になると時間割通りに集団で行動するようになる。ここは自由な面があり、日本とは異なる点だと分かった。子どものやりたいことを大切にする教えだと分かった。子どもと先生との関わりでは、先生は昼食の時に一緒にいないことがわかった。また、先生の中に子どもの親がいた。日本でそのような環境だと恥ずかしいと思う子や、自分の子どもにえこひいきするのではないかというクレームが出るのではないかと思った。




4.Homestay

 私はPantzloff家にホームステイさせてもらった。父親のブルースはしっかりしていて家族の柱のような存在だった。物静かだが、たまにジョークを言うおもしろい人だった。マーガレットは料理がとても上手だった。初めて食べたメキシコ料理はとても美味しかった。たくさん迷惑をかけてしまったが、どんな時も「it is ok!」と優しく接してくれた。また一人暮らしをしている長女マニカの話しをたくさんしていてとても家族思いなお母さんだと感じた。マーカスは日本語がとても上手でたくさんお世話になった。私たちに合わせて日本語で話してくれた。私たちが英語を理解していないようだと日本語で通訳してくれた。
毎日一緒に食事をとってそれぞれが今日あった出来事などを話していた。この年齢になるとバイトや友達と遊びに行ってしまい、家族みんなで食事を取ることもしなくなっていたので、本当に大切なことは何なのか気づかせてもらった。
 知っている単語を並べるような私の下手な英語も理解しようとしてくださり、通じると褒めてくれた。初め言いたいことがあっても英語では言えないからと諦めていたところがあったが、 勇気や自信を持って話すことができた。また、私が行きたいと言った場所、食べたいと言ったものすべて叶えさせてくれた。とても楽しい日々を過ごさせていただいた。このような素敵な家族に出会えてよかった。この感謝を忘れずに恩返ししたいと思う。
 最後に今回のフィールドワークでたくさん学んだことがある。テーマだった海外と日本の幼児教育の違いを知ることはもちろんのこと、多くの人にお世話になり、人の温かさと大切さを改めて感じた。そしてまだ人に頼らないと生きてはいけない自分の未熟さを痛感した。この経験や学びを将来に活かすことが1番大切なことである。

 I found differences in Education between Japan and America. For example, the teachers didn't play with children. They watched children. There are more various toys in America than in Japan. And some children read the book, some dance, some sing, and there is not a routine schedule. I would like to adapt good education in America.
 I stayed with the Pantzloff family. The father, Bruce is very funny. Sometimes he said jokes.Margaret cooked dinner well. It was very delicious.We had trouble. But she said, "it is ok with me'', with smiles.Marcus, thank you for translating. First I gave up talking in English. But they are kind. So l thought that I wanted to talk in English. The family is very nice. I'm so glad to have met them. I will go to meet them again.
Last, to all the people I met in Santa Cruz, thank you very much for your help for two weeks. I learned many things by studying abroad. I'd like to make the most of what I've learned. I would like to return the favor to all in the future. Thank you so much.

留学先    :Cabrillo College
学部・学科  :人間学部 児童発達学科
留学期間   :2019年3月10日~3月26日           
氏名・学年  :K・Sさん(留学時:1年生) 

 



1.はじめに(Introduction)

 私はこのプログラムに参加し、アメリカの保育所・小学校で実習を行った。そこでは、日本と異なる子どもの保育・教育を実際に見て学んだ。また、ホームステイでは子どもの日常や子育てをする親の姿を見て、日本とは違った家族の在り方を感じた。私は「子どもとの関わり」をテーマに、実習先やホームステイで経験したことをレポートにした。


 Ⅰparticipated in this program andⅠpracticed in US kindergartens and elementary schools. I learned about children educational style different from Japan there. And in my homestay I saw parents who care for their children`s daily life and raise children. I wrote a report on the theme of relationship with children.





2.Simcha Preschool

 私は2歳児のクラスで実習を行った。子ども8人に対して先生が2人といった環境であった。毎日朝のセレモニーとしてヨガタイムがあった。子どもたちはサークルを作って1人1つ自分のマットを準備し、それに座りヨガを行っていた。ヨガの音楽に合わせてストレッチを行ったり、目を閉じて呼吸を整えたりした。子どもにヨガをさせる理由について先生は、「ヨガにはリラックス効果があるので、子どもの心を落ち着かせることができる。」と言っていた。
 スナックタイムでは先生が子どもたちの分量を決めて与えるのではなく、子どもたちが自分の食べたい量を好きなだけ取って食べていた。これは「自分が食べられる量を決めて食事が行えるようにするための練習だ。」と言っていた。
 遊びの時間になると、先生たちは外で子どもたちの安全を見守る人と部屋でおむつ・トイレの世話をする担当に分かれていた。先生から子どもに声をかけたり、一緒に遊ぼうとしたりするなどの子どもに構う様子はなかった。子どもが寄って来た時にだけ相手をしていた。泣いている子に対しては、その子に深く関わろうとはせず、少し話を聞いて自然に泣き止むのを待っている様子であった。手厚く子どもの世話をする日本の保育士に比べてみると、少し冷たい対応のように感じられたが、何か意図があると思った。どのクラスを見ていても子どもたちが先生に構ってほしいという姿はほとんどいなかった。1人遊びをしている子どもが一番多く見られた。1人でいることに不安を覚える様子はなく、むしろ自ら1人で遊ぶことを選択しているように思われた。また、子どもたちは自分の意思をしっかりと大人に伝えていた。2歳児の子どもたちは、「のどが渇いた」、「お腹が痛い」、「トイレに行きたい」などを自分から先生の所に行って伝えていた。先生が注視して世話をしなくてよいほど、子どもたちは自立した行動や、はっきりとした意思表示が出来ていた。

 I saw children who can play alone without relying on adults. And I saw children can convey their intention firmly to adults. I was surprised at the independence of the children.




3.Good Shepherd Catholic School (elementary school)

 この学校は朝の活動に「毎日の5つのローテーション」という時間があり、1人で読書、読み聞かせを誰かにする、読んでいるのを聞く、単語の勉強、読みから書くことを5つのグループに分けて、それを時間ごとに回して行っていた。どのクラスにも担任の先生以外にアシスタントの先生が配属されており、約20人の子どもを2人の先生が見るという環境であった。私は小学校3年生のクラスで実習を行った。先生が教壇に立って勉強を教える他に、子どもたちがパソコンを使って個人の学習をする時間が多く見られた。子どもたちはそれを使って算数の勉強をしたり、ヘッドフォンを付けて朗読を聞いたり、キーボードで文字を打つ練習などをしていた。このパソコン学習の時間に先生は個人で呼び出しを行い、宿題の確認テストや苦手部分の指導を行っていた。このことについて先生は「子どもの勉強を個別にみることで、生徒全員の学習の理解度を知ることができ、授業方法の改善に繋がる」と言っていた。
 私が印象に残ったことは、子どもたちが積極的に手を挙げて授業に参加していたことだ。特に分からないことや気になったことがあると、躊躇わずに手を挙げて質問していた。それを見て、授業への関心・意欲の高さを感じた。人前で話すことや間違うことに抵抗を感じている子どもは全く見られなかった。私はこの環境が成り立っているのは、先生と子どもの関係がとても友好的であるからだと考える。子どもたちの反応や意思表示を尊重できる環境を作ることが先生には必要だと感じた。

  I saw children raising their hands in every class. I was surprised at the motivation of the children. I thought that the relationship between the students and teachers are friendly and good.




4.部分実習について(project)

 
 2歳児の子どもたちには紙風船を使って一緒に遊んだ。紙風船の小さい穴に息を吹きかけること、潰さない力加減を教えることを目的とした。上手く空気を入れて遊ぶ子もいれば、くしゃくしゃに潰す子もいた。中には潰さないように慎重に扱う子もいた。ほとんどの紙風船が1日で潰れてしまう程楽しく遊んでくれた。
 小学校3年生には紙飛行機と糸電話を用意した。実習の最初に紙飛行機の見本と説明書を配った。少し教えるだけで皆、上手く折ることができた。糸電話はとても好評で、休み時間や放課後にも遊んでくれた。

 I played with 2 years old children using paper balloons. The purpose was to teach the strength of paper balloons. Some children treated carefully and some were crushed. Children really enjoyed using it.
And I played with 9 years old children using paper plane and yarn phone. I taught how to make paper plane. At the beginning I gave a sample and an instructions paper. The children were able to make it well. Yarn phone was so popular that they were playing at recess and after school.






5.ホームステイ体験(Home Stay)

 ホームステイは私にとって初めての経験であった。日常の暮らしを体験することは新鮮で、様々な視点から子どもや大人を見ることができた。平日はママとパパが毎朝車で子どもたちを小学校に送った後、私を大学に送ってくれた。学校から帰ってからは子どもたちと遊び、夜9時になると子どもたちを寝かせるという習慣だった。子どもたちは私にトランポリンの技や、チェス、カードゲームなどを教えてくれた。スポーツのルールや楽器は同じなので、自然と溶け込んで遊ぶことができた。週末には子どもの野球チームの試合を見に行ったり、水族館に連れて行ってもらったり、ローラスケートに行ったり、映画を一緒に見たりした。よく子どもの友達家族と一緒に夕食を食べる機会が多く、毎日とても賑やかだった。子どもの誕生日パーティーがあった時には、おばあちゃんやいとこが来て一緒にケーキを食べた。ホストファミリーはもちろん、周りの人たちも私を温かく迎えてくれたのでとても居心地が良かった。家族の一員として過ごしたことや、沢山の人たちに出会えたことはとても貴重な体験だった。
 
 Home stay was my first experience. The host family and the people around me were very kind. So, I was very happy and comfortable. Living as a member of a family and being able to meet many people was very valuable experience.




6.終わりに(Conclusion)

 海外短期フィールドワークに行って、私とは全く違った文化や価値観を持った人たちに出会い、私自身の考え方や物事を見る視野が大きく変わった。他人を警戒したり、プライバシーを重視する日本の社会とは正反対に、サンタクルーズの人たちは誰とでも分け隔てなくハグをしたり、会話をしたりしていた。他人を疑わず、受け入れようとする姿勢に衝撃を受けた。私は初めてこんなに温かい人たちに出会った。彼らの愛や優しさに私は救われた。彼らのような他人に愛を与えられる人になりたい。

I met people with different cultures and values in Santa Cruz. My thoughts and mind have changed a lot. I was surprised at their forgiveness. I met such warm people for the first time. I was saved by their love and kindness. I want to be like them someday.









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