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心理臨床・福祉センター(ほっと)|文京学院大学

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06月

22日

2011

「ほっと」7月開室日を更新しました。変更がある場合は随時連絡いたします。

前回はコミュニケーションについてお話ししました。

今回は、「愛着」についてお話しようと思います。


1960年代に、イギリスの医師John Bowlbyは著書「母子関係の理論」の中で「愛着行動」について言及しています。
これが今日心理学で言われる愛着理論です。


愛着とは、自分以外の人間や物に対して親密な距離を求め、
自分の側にその人や物がある事で安心感が得られるという事を指します。
この中でも特に他の人間に対して愛着を持つことが、人間の発達に重要な役割を果たすと考えられています。


子どもの愛着行動は子どもがお母さん(または、自分の養育者)と他の人間を区別し、
お母さんを安全基地として少しずつ周りを探り、また安全基地であるお母さんの元へ戻るという、
子どもの社会生活の基盤となるものです。
新しい場所に来たとき、見知らぬ人と会った時。
大人でも全く未知の物に出会ったときは緊張すると思いますが、子どもはもっと緊張します。
それに挑戦できるのは、お母さんという安全基地があるからです。

また、こうした子どもの愛着行動がある事で、お母さんの方も子どもが可愛い、と思えるようになったりします。


いくら泣いていても、お母さんがだっこしてあやすと泣き止んで笑う、
お母さんの行くところへ一生懸命ついていく。お母さんに甘える。
「この子は私がいないと駄目なんだ、守らなくては」と感じる。
こうした子どもの愛着行動と、それに応えるお母さん、
お母さんにあやして貰えた事が嬉しくて、笑う子ども、といったやりとりから、親子関係は育ってきます。
つまり、親子関係が育つためには、こうした母と子のコミュニケーションがとても大事なのです。


ところが。あやしても笑わない、視線を合わさない、抱っこされるのを嫌がる。
そんな赤ちゃんだったとしたらどうでしょう。


「あやしても笑わないなんて、嫌だったのかな」

「こっちを見てくれないなんて、寂しいな」

「この子はなんで抱っこを嫌がるんだろう」


子どもの笑顔が欲しくて頑張るお母さんでも、段々寂しくなってしまうのではないでしょうか。


子どもに笑って欲しくて一生懸命投げたコミュニケーションのボールを、子どもは全然拾ってくれない、
気付いているかどうかも分からない状態で、辛抱強く何度も何度もボールを投げるのは、
とても辛い作業に感じられてしまうでしょう。

大人同士でも、自分とコミュニケーションを取ろうとしない相手と会話を続けるのはとても大変な事だと思います。

続かない会話、こわばる笑顔、早く過ぎて欲しいと思う時間・・・・
コミュニケーションが取れない、という事は想像以上に悲しく、辛いものです。
自分が拒否されている、と感じることもあるかもしれません。

それと同じように、親子間でのやりとりがうまくいかない、という経験が積み重なると、
お母さんは自分が否定されているような気分になることもあると思います。

どういうボールを投げたら、子どもが応えてくれるのか。
あらゆる手を出し尽くして途方に暮れているお母さんもいるのではないでしょうか。
この状態が続くと、ボールを投げる事にも疲れ、子どもとコミュニケーションを取ろうとする意欲すら
無くなってしまうこともあるかもしれません。


これが、「育てにくい」と感じる原因のひとつと考えられます。


ではなぜ、お母さんへコミュニケーションのボールを投げない、
お母さんからのボールを受け止めづらい子どもがいるのでしょうか。
これについては次回考えていこうと思います。

「うちの子、同じくらいの他の子とちょっと違うな」
「上の子の時はこんな事なかった」
「頑張っているのに、なんだかうまくいかない」。
大きい声では言えないけど、「ちょっと育てにくいなあ」と思うことはありませんか。



自分の育て方が悪いからだ、と悩むお母さんも多いようです。
誰かに相談したくても、自分の子育てが悪い、と言われてしまいそうで、
誰にも言えず悩んでいるお母さんも多いと聞きます。


では、何故「育てにくい」と感じるのでしょうか。

様々な意見や考え方があると思いますが、コミュニケーションと愛着という面から考えてみたいと思います。

人は、「ことば」を使い自分の意志や感情を伝え、相手はそれを受け止めます。
受け取った相手は、その情報から刺激を受け、自身の中でも感情や意志が生まれます。


それは共感であったり、反発であったりします。


たとえば、お子さんが「今日初めて逆上がりができたんだよ!」とお母さんに言ったとします。
今までどんなに頑張ってもできなかった子が初めて逆上がりができた。
お母さんは「よかったね!」とか「やったね!」「すごいじゃない」と返事をするとします。
これは逆上がりができた、という情報を子どもは母へ伝えると共に、逆上がりができて嬉しい、
という気持ちを共有していると言えます。

その後にお子さんが「でもね、手の皮むけちゃった」と皮がむけた手を見せると、
お母さんは「わあ、痛そう。消毒しなくちゃね」と言うかもしれない。
母は自分の手の皮が剥けたわけではないのに、それを痛いと感じる、これも共感だと言えます。


このように、お互いが相手の気持ちに自分の気持ちを合わせていく事が積み重なることで、
コミュニケーションはすすんでいきます。


コミュニケーションとは、ものすごくおおざっぱに言ってしまえば、やりとりの事です。
2人以上の人が、情報や感情、意志などを伝え合い、受け取り合う事を言います。
これは、動物にも見られる行動ですが、特に人間は「ことば」を用いる事により、より細やかなやりとりができます。

もちろん、コミュニケーションとはことばのやりとりだけを指すのではありません。
言葉にしなくても、顔の表情や視線、相手との距離で、相手に気持ちを伝える事ができますし、
そういった要素から相手の気持ちをくみ取ることもできます。
アイコンタクトなどはこれに含まれます。


顔は笑っているけれど目が笑っていない、本当は怒ってるんだ、なんて事に気付いたりする事があるかと思います。
これも、ことばではない(非言語的)コミュニケーションであると言えます。

また、ことばでのやりとりにおいても、その発せられたことばの意味だけでなく、
声の大きさ、アクセントの置き方、しゃべる早さなどで、意志を表すこともできます。

非言語的コミュニケーションは意識して行う事もあれば、無意識に行う事もあります。

これらは、受け取った相手が解釈をする事で、初めて「やりとり」として成立します。

 

生まれてすぐの赤ちゃんは言葉を話せません。
それでも、お腹が空いたりおむつが汚れたことを泣いて知らせたり、
あやされて声を出したりすることで、お母さんとコミュニケーションを取る事ができます。
このコミュニケーションを取る力が、子どもの発達や次にお話しする愛着、
さらに発達へと大きく関係してくるのです。


では、このコミュニケーションを頭に置いた上で、次回は愛着について考えていきたいと思います。

はじめまして!文京学院大学心理臨床・福祉センター「ほっと」です。

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