「新・文明の旅+」渡航レポート

2019年9月1日~10日実施のラトビア、リトアニアへの渡航レポートです。

第2回「新・文明の旅プラス」|文京学院大学

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10/19 (土) 文京祭特別企画「新・文明の旅 Journey to 2024」開催

2019年10月 9日 [ カテゴリ:トピックス ]

2010 年より本学の学生たちが3年に1度、ユーラシア大陸の国々の大学生と交流を深めていく「新・文明の旅」プログラム。
2024年まで実施される全5回のプログラムもすでに3回目を終了し、折り返しを迎えました。
これまでの活動を総括し、今後の展望を見出すイベントを企画しました。
学生はじめ高校生や地域の皆さまもどうぞご参加ください。


「新・文明の旅」プログラム Journey to 2024

日時:10/19(土)13:00~14:30
場所:本郷キャンパス B館8階ウイングホール
※入場無料・事前申し込み不要

第1部 13:00~
・「新・文明の旅+」
 ラトビア・リトアニア交流プログラムの報告

・テーマ型ツーリズムの提案
 「バルティックデザインをめぐる旅」

第2部 13:45~14:30 
・国際シンポジウム
 「ユーラシア大陸からの留学生とツーリズムを語る」

 

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交流プログラム 10日目(9/10)

2019年9月12日 [ カテゴリ:トピックス ]

9月10日午前

 

 ラトビア・リトアニアでのプログラムを終え、無事に成田空港に到着しました。飛行機から一歩外に出ると、ジメジメとした暑さで、日本に戻ってきたという実感を得ました。入国審査までの通路を歩いているとき、「先生を含めた12人で連なって歩くのは、これが最後になるのだな」としみじみと感じていました。預け荷物の受け取りでは、行きでロストバゲージした学生もいたので少し緊張していましたが、無事全員分の荷物を受け取ることができました。入国までの審査を全て終え、到着ゲートを出ました。

 

 到着ゲートを出ると、本当にこの旅が終わってしまったのだなという悲しさと無事に終わって良かったという安心感が同時に込み上げてきました。「新・文明の旅+」の授業を履修して各自で調べ物をしているときには、ラトビア・リトアニアの雰囲気や街並みを自分の目で見てみたいと強く思っていました。しかし履修しているメンバーの中から私が選抜メンバーに選ばれ、渡航できるとは想像がつきませんでした。行けたらすごいなと他人事のように思っていました。

 

 過去の自分では想像できないような倍以上の貴重な経験をさせていただき、そこで得た知識や感じたことを通して、成長した自分がここにいます。また現地学生との交流を通して、やりたいことが沢山できました。現地の学生が日本の良さを話してくれた時に、日本の魅力を再認識し、日本をもっと知りたいと思ったのです。日本語を一生懸命学んでいる姿を見て、新しいことを学ぶことの大切さに刺激を受け、現地の言語を学んでみたり、英語も更に勉強しようと思いました。

 

 この旅で素晴らしい出会いと学びが得られたのは、川越先生、木村先生、教職員の方々、そして10日間助け合い、切磋琢磨し合った渡航メンバーがいてくださったおかげです。一生の財産になる旅をありがとうございました。最後はみんなで写真撮影をして解散しました。またこのメンバーで旅が出来ますように。

 

 Salidojums!(再会:ラトビア語)

(経営学部2年清水夏弥)

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交流プログラム 9日目(9/9)

2019年9月12日 [ カテゴリ:トピックス ]

2019年9月9日 午前

 

 プログラム最終日を迎えました。いよいよ日本へ帰国する日です。このプログラムの間、毎日朝を迎えるのが楽しみでした。「今日はどんな景色が見られるのだろう」「どんなことが学べるのだろう」そして「どんな人に出会えるのだろう」と、起きたとき自然と考えていて、胸を踊らせながら朝の準備をしていたからです。
しかし今朝は、部屋の窓からヴィリニュスの街を眺めたとき、もうこの街から、この国から離れてしまうのだと、とても寂しくなりました。6時半過ぎの日の出、上空に漂う複数の気球、手前に見える教会、奥に見える赤い屋根の家々、今自分の前に広がるこの景色がすべて愛おしく思えました。それほどラトビア・リトアニアで過ごしたこの10日間が、自分にとってとても大切で、かけがえのない日々だったのだと思いました。

 

 名残惜しい気持ちもありましたが、出発前の自由時間に最後のお土産を買いに旧市街に出かけました。朝のヴィリニュスの空気がとても気持ちよかったこともあって、満足感の方が大きく、朝はたまらなく寂しかったけれど、出発の際は清々しい気持ちでいました。11時に、空港に向けてホテルを出発しました。空港に着いてチェックインカウンターで搭乗券を受け取り、荷物を預けました。行きのフライトでラトビアに到着したとき、私の荷物はロストバゲージになってしまったので、帰りはそうならないといいなと願いながら、荷物を預けました。みんなと、そして自分のキャリーバッグと一緒に、無事に日本に帰りたいです。

(経営学部 2年 千葉萌)

 


9月9日午後

 

 空港にてリトアニアの最後のランチを食べ、遂に10日間過ごしたラトビア、リトアニアを飛び立ちます。この10日間で一人一人の個性が磨かれ、様々なものを得て今までの私たちよりも一段と成長することが出来たと思います。出発時にはほとんど話したことがなかったメンバーもいましたが、今日を迎えるまでにたくさん協力し、様々な課題を一緒に乗りこえ、深い絆が芽生えました。そんな思い出の詰まった国ともお別れです。ヴィリニュスの空港からフィンランドへ向かう飛行機では、学生達には疲れがどっと出たのか、皆ぐっすりと寝ていました。心配していたヘルシンキ空港からの乗り換えも無事スムーズに乗り換え、約9時間のフライトで日本に帰ります。

 

 フライト中にみんなで書いてきた日記を読み返しました。その時思ったことや気持ちがたくさん綴られており、私もこの10日間を振り返りながら読んでいたらまた涙が止まらなくなりました。あっという間に無事、成田空港に到着することが出来ました。この「新・文明の旅+」は私たち人生の分岐点になったと思います。たくさんの仲間達に出会い新しい自分をみつけることができました。このプログラムをつくり上げてくれた川越先生、木村先生、その他の教職員の方々には感謝でいっぱいです。この出会いを大切にし、これからも様々なものに興味を持ち続けていきたいと思います。

(人間学部2年 針ヶ谷希彩)

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交流プログラム 8日目(9/8)

2019年9月12日 [ カテゴリ:トピックス ]

2019年9月8日午前

 

 聖ペテロ・パウロ教会は、1668年から建設が開始されました。建物に記されている文字は、日本語に訳すると平和の神様という意味で、「我々の平和を守ってください」という意味を込めて造られたそうです。リトアニアには、バロック様式の教会が多く、こちらの教会もバロック様式です。中に入ると、約30年かけて造られた真っ白の内装が広がっており、神聖な雰囲気が息を飲むほどの美しさで感動しました。こちらの教会は、カトリックの教会であるため、懺悔をして贖罪を受ける懺悔室もあります。当時の人たちは、病院が今ほど発達していないこの時代、病気に罹ると神父のもとへ訪れたそうです。当時の人たちにとって神父は、偉大な存在だったのだと感じました。

 

 ヴィリニュスの旧市街は、独立してから世界遺産に登録されています。とても広く、近くには森や川や丘があり、リガの旧市街と比較すると自然に囲まれています。「ヴィリニュス」という名前は、旧市街が「ヴィリナ」という川に囲まれていることに因んで名付けられたそうです。旧市街の暖色系の建物と、緑豊かな自然とのコントラストがとても素敵で、まるで映画のワンシーンを見ているようでした。

 

 夜明けの門は、街を守るために造られた城壁の一部です。17世紀に聖母マリアのイコンが造られ、このイコンは奇跡を起こすと伝えられています。イコンの聖母マリアは、一般的に見る白い肌ではなく黒い肌で描かれている為、どこか神秘的な印象を受けました。

 

 KGB博物館は、秘密警察KGBによる恐怖政治の実態を伝えている博物館です。拷問部屋や処刑室がそのまま残されており、当時の大量虐殺を生々しく物語っています。今までの神聖な教会や美しい街並み、伝統を学ぶ博物館などの見学とは違い、ここはリトアニアの悲しき負の遺産です。先生からも、気を引き締めて見学するように言われました。私は、事前学習の際にこの博物館について調べていたので、大体どのような博物館であるかは知っていました。しかし、実際に拷問部屋や処刑室を目の当たりにすると、「当時の秘密警察は一体どのような気持ちで人を殺めていたのだろう」、「ここに収容された人たちはどれだけ辛くて怖い思いをしたのだろう」と、とても考えさせられました。ホームページの写真だけではわからない空気感や、実際に行かなくては想像できなかったことがたくさんあり、本当にここを見学することができ良かったです。改めて、実際に見て感じて、考えることが大切だと思いました。

 

 琥珀博物館では、一般的に見る黄色い琥珀だけでなく、緑の琥珀や青い琥珀、赤い琥珀と、日本ではほとんど販売されていない大変希少な琥珀までありました。約3000年前から、お守りとして使われていた琥珀ですが、リトアニア語で「ギンタラス」といい、「守る」という意味だそうです。琥珀はバルト海からたくさん採れる為、リトアニアでは比較的安く買うことができます。一方日本では、岩手県久慈市で琥珀が採れますが、採れる数が少ない為、価格は高いそうです。

(経営学部2年 井上楓袈)

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2019年9月8日午後

 

 午後はバスで40分ほどかけてトラカイ城の見学に行きました。トラカイには氷河期にできた30以上の湖があるそうです。湖面に反射する日差しがキラキラと輝きとても綺麗でした。トラカイは冬の1月から2月の寒い時期には、マイナス25度にまで気温が下がり湖は厚い氷に覆われるそうです。

 

 トラカイ城は広大な湖の上に佇んでいました。小説の挿絵で見られるような美しい赤煉瓦のお城です。14世紀から15世紀に建てられたお城で、反対岸にある廃墟になっているお城はもっと古い時期に建てられた物だそうです。トラカイ城は、昔リトアニアを統治していたヴィタウタス大公が住んでいましたが、現在は歴史博物館となっています。貴族が過ごしていたゴシック様式の部屋に入り、コインや甲冑や絵画などを見ながらリトアニアの歴史についてガイドのビータさんに教えてもらいました。一階から地下、二階へと回った後、千葉さんが二階の壁の中に、昔使われていた階段を発見しました。せっかくのチャンスなので、みんなで降りてみることにしました。階段は螺旋階段になっており、一人が降りられるだけの狭い幅でした。私は、井上さんと暗い階段をスマートフォンのライトで足元を照らしながら「暗いね、昔は蝋燭を片手に持って降りたのかな」などと話しながらおそるおそる降りていきました。

 

 18時頃には「P.S.」というレストランで夕食を食べながら、学園祭の報告に向けて最後のミーティングを行いました。「新・文明の旅+」を通して、それぞれが感じたことや学んだこと、今後の課題を伝え合いました。

(人間学部 2年 平井朝美・井原美咲)
IMGP0035.JPGのサムネイル画像8日トラカイ城にて。.JPG8日琥珀の博物館。.JPG
 

交流プログラム 7日目(9/7)

2019年9月 8日 [ カテゴリ:トピックス ]

2019年9月7日午前

 

 プログラム7日目を迎えました。日が経つにつれてみんなが仲良くなってこの国に慣れていくと同時に、プログラムが終わりに近づいている寂しさを徐々に感じています。

 

 本日は、ヴィタウタス・マグヌス大学9名の学生と市内見学の予定です。朝からみなさん来て下さって本当に嬉しかったです。まず、リトアニア民俗生活博物館に行きました。とても自然の豊かな博物館でした。全員で各スポットを自転車で回りました。現地の学生たちが、博物館の展示について説明をしてくれました。私はその中で都会ではなく地方に建てられる教会が一番印象に残りました。地方では費用をかけず、豪華ではないものの温かな雰囲気の木造の教会が好まれました。20世紀の初めに建てられた建物を移築したそうです。木造ならではの木の暖かさを感じました。

 

 次に昼食の郷土料理のレストランへ行きました。現地学生2人に、「日本のどこが好きですか?」と問いかけたら、一人は「日本の自然が好き」、もう一人は「日本の文化が好き」と言っていました。私が以前撮った滝の写真を見せたら、「すごく綺麗!」と感動していました。そしたら一人の学生がバルト海の写真を見せてくれました。その写真は、夕日のオレンジ色が海の青色に反射していてとても綺麗でした。いつかこの目で、この写真のようなバルト海を見てみたいと強く感じました。

(経営学部 3年 森 瑛絵)

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2019年9月7日午後

 

 次に向かったのは、杉原千畝記念館です。「命のビザ」を発行した杉原千畝の数多くの功績が残っていました。ユダヤ人の命を助けることを第一に考え「外交官としては問題のある行為でしたが、間違ってなかったと思っている。もう一度同じ状況に直面したら同じことをするだろう」と言っていました。彼の言葉を聞いて、自分を見失うことなく、決断をしたのは本当に勇気のいることであると感じました。彼の勇敢な行動によって、今こうしてリトアニアと日本の友好関係に繋がっていると考えると、杉原千畝をとても誇りに思いました。 その後、名残惜しかったですが現地学生とはお別れして、ヴィリニュスに向かいました。1時間半の移動は、みんな少し疲れた様子でした。

 

 ホテルについた後、夕食をみんなで食べに行きました。近くのショッピングモールの中華料理店に行きました。お店には中華料理店と表記されていましたが、日本料理もいくつかありました。しかし、私たちの知っている日本料理とは少し遠かったです。ラーメンを頼んだのですが、スープがテリヤキのような甘い味でした。学生に好きな食べ物を聞いた時に、「ラーメンが好き」と言っていた人が多かったのですが、このような味のラーメンを食べてると思うと、今すぐに日本のラーメンを食べて欲しいと思いました。現地学生との交流は、私たちにとって、とてもいい経験になったと思います。明日が最後の市内見学になるので、最後の最後まで楽しんで様々なものを吸収できたら良いと思います。

(経営学部 3年 森 瑛絵)

無題.png7日杉原ハウスにて.JPG
7日リトアニア民俗生活博物館にて.JPG7日ヴィタウタスマグヌス大学の学生とお別れ。名残惜しい。.JPG
 

交流プログラム 6日目(9/6)

2019年9月 8日 [ カテゴリ:トピックス ]

2019年9月6日午前

 

 9時頃にヴィタウタス・マズヌス大学に到着し、現地学生に向けてプレゼンテーションを行いました。学生たちは、熱心に私達のプレゼンテーションを聞いてくれ、日本語を学ぶことが本当に好きなのだと感じました。私のグループで交流した現地の学生は、とても日本のアニメが好きで、その話題で盛り上がりました。リトアニアの国では、宮崎駿監督のジブリ作品や2000年代のアニメがテレビで放映されていました。来日した際にはこのアニメのモチーフとなった土地に聖地巡礼に行きたいと話していました。日本のコミケ(comic market)のような文化も定着しており、三年に一度バルト三国内で開催されるそうです。

 

 また、リトアニアには日本庭園がありバルト三国の中で一番日本の文化を吸収しているのではないかと感じました。私が一番驚いたのは、リトアニアにはタピオカミルクティーが販売されていたことだ。アジア圏でしか販売していないと思っていたが、ここでもなかなか有名らしい。大きいショッピングモールで販売されているというので、機会があれば日本のタピオカミルクティーとの違いを味わいたいと思った。

 

 ヴィタウタス・マズヌス大学の図書館は大変近代的なデザインで、太陽の光が射し込んでくるつくりになっています。日本の大学図書館のように本がたくさん並べられ息苦しくなるような感じではなく、照明から椅子のつくりまでセンスが溢れており、勉強を楽しめるようなスペースでした。この図書館の日本語文庫は、バルト三国で一番の多さで、日本語の本は4500冊ぐらいあり、中国語、韓国語の本まで寄贈されているという。アジア圏の語学教育に、かなり力を入れているのだと感じました。並んでいる本を眺めてみると、漫画や図鑑、絵本など、やさしく日本語が学べる本が多かったです。研究員によると、日本語を習っている学生のレベルを上げるためにも文庫本や専門書などを増やしていきたいそうです。
日本の国際交流基金や、海外の多くの団体が同図書館に寄付しています。日本の大学とは異なる図書館の雰囲気に触れたり、日本の学生とリトアニアの学生の勉強意欲の違いにも驚かされました。

(経営学部 3年 紫藤 伶於)

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2019年9月6日午後

 

 現地学生へのプレゼンテーションを終え、全員の心に少し余裕ができたようでした。適度な緊張感のあった午前の活動が終わり、私たちはカウナス旧市街へ解き放たれました。それぞれの学生が担当する課題を行いながら、古き街並みの中を見学していました。古めかしい石畳の道や、日本では見ることのないカラフルな街並みに全員目を光らせながら歩いていました。ランチは、私たちが授業の中で前もって日本で調べて、行きたいと思っていたレストランへ入りました。目当ての料理はこの地方の伝統料理、ツェペリナイです。英語表記がわかりにくいメニュー表をまじまじと見ながら、それらしき文字をみんなで探しました。なんとか見つけて注文することができました。ジャガイモからできるお餅のような食感でした。サワークリームとの相性が抜群でペロリと平らげてしまいました。

 

 ランチの後、私は旧市街の中心あたりにあるベンチで現地の人々を観察していました。ウェディングを行う人たち、学校帰りの学生たち、日向ぼっこをする老夫婦、持っていた風船が風に飛ばされてしまい泣いてしまった女の子など、同じ場所で同じ時間なのにも関わらず、たくさんの違った瞬間を一気に見ることができました。

 

 このような経験から、何か大切なことを教えてもらえたように感じます。日本では、当たり前のことを当たり前にして、何事もつまらないと感じてしまうことがよくあります。しかしながら今日のこの時の瞬間のように、少しでも視点を変えれば違う景色を見ることができるのかもしれない。そう強く感じました。日本に帰って日常の中からどのような新しい景色を発見できるかが楽しみになってきました。

(外国語学部 4年 浦田雅也)

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交流プログラム 5日目(9/5)

2019年9月 6日 [ カテゴリ:トピックス ]

2019年9月5日午前

 

 4日間お世話になったラトビアのホテル(Clarion Collection Hotel Valdemars)をあとにし、リトアニアへ出発です。陸路の途中では、ラトビアからリトアニアへ国境を越えるという経験を初めてしました。島国である日本では絶対に経験できないことなので楽しみにしていましたが、予想していたのとは異なりチェックなどもなく一瞬で国境を通り過ぎました。国境を越えると辺り一面に広大な畑が広がりはじめました。リトアニアはラトビアとは違い林があまりなく、畑が多いことから農業が主な産業なのだろうと気づきました。放牧地には牛や鹿がエサを食べていたり、畑には黄色い菜の花が咲いていました。ガイドさん曰く、その菜の花から採れる種の油(菜種油)は大きな産業だということでした。

 

 ラトビアから2時間ほどで、リトアニアの都市郊外にある十字架の丘に到着しました。ここは世界無形文化遺産にも登録されており、リトアニアを象徴する場所です。十字架の丘の十字架は、ソ連時代に破壊されましたが、約40年前から誰ともなく再び一本ずつ立てられ始めたそうです。色々な説はあるようですが、誰がいつ十字架を置き始めたのかは明確には分かっていません。十字架の丘までの一本道を歩いていくと、近づくにつれ写真で見ていたよりも十字架の数が多く、まさに丘を埋め尽くすようでした。

 

 遠くから眺めても、広大な畑の中にある十字架の丘はとても綺麗で、神聖な場所だと感じました。私たちも文京学院大学の学生代表として、平和を願い十字架を置いてきました。いつかまたリトアニアに来たときに、私たちの十字架を見つけにこようと思います。丘に登り、風が吹くと、沢山の十字架がぶつかり合い軽やかな音が聞こえ、とても素敵な時間を過ごせました。その後、リトアニア北部の都市シャウレイで昼食や市内見学をしました。

(経営学部2年清水夏弥)

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2019年9月5日 午後

 

 リトアニアのシャウレイでは、マーケットが開かれており、多くの人々が市内で買い物をしていました。フリーマーケットのようになっており、現地の方の生活を垣間見たように感じました。私はそこから少し離れたショッピングモールの中の「saya Asian fashion」という店で昼食をとりました。白米にサーモンが乗っているフレンチ風の日本料理を注文しました。出されたのは割り箸で袋には日本語で「竹の香り」と書かれており、意外な所での日本語との遭遇に驚きました。料理の見た目は日本料理の見た目をフレンチ風にしたようでした。白米が楕円形だったので日本の米を使っているのではないかと思います。サーモンにはワサビもついており日本らしさを感じました。現地の方も店内で食事を取っていたので、アジア料理は広くリトアニアでも受け入れられているのだと感じました。一緒に頼んだ「milk & ice cream smoothie」はとても甘くて私には飲みきることが出来ませんでした。ラトビアでも感じましたが、こちらは甘い飲み物が多いようです。

 

 18:00頃、カウナスの「Best Baltic Kaunas」というホテルに着きました。ここでは2泊する予定です。到着30分後、1つの部屋に集まり明日のヴィタウタス・マグヌス大学でのプレゼンテーションに向けて1時間ほど練習をしました。難しい日本語をわかりやすく変えたり、発表を終えたラトビアチームに発表を聞いてもらい最終確認をしました。明日の本番では現地の学生に上手に説明できるよう頑張ります。

                                      (経営学部2年 岡天音)

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交流プログラム 4日目(9/4)

2019年9月 5日 [ カテゴリ:トピックス ]

2019年9月4日 午前


 ラトビア国立歴史博物館へ向かう途中、公園に野良猫の家が設置されているのを発見しました。ガイドの話によると、野良猫はネズミを捕ってくれる為、市がメディカルケアを行ったり餌を与えたりして飼っているそうです。ラトビア国立歴史博物館に到着し、中に入るとすぐにステンドグラスの窓がありました。日光を通すステンドグラスにはリガ旧市街の絵が施されており、色鮮やかでとても美しかったです。この博物館は、展示物がそれぞれの部屋に時代ごとに分かれており、ラトビアの時代を順々に学ぶことができます。例えば、狩猟の武器や可愛らしい民族衣装、1960年代当時の家の様子などが、幅広く展示されていました。他にもバルティックアンバーには250種類もの色があると知り、また新たに琥珀の魅力を感じました。

 

 見学の終盤に、スターリンと最初のソ連統治時代の展示室にはいると、ガイドの話し方の様子が一変しました。ガイドはスターリンを「大量殺戮者」と呼び、 どうやらガイドの祖父もスターリンによって苦しい経験をしていたようで、本当は部屋の説明をしたくないと言っていました。戦争や独裁政治によって苦しい思いをしてきた人たちは世界中どこにでもおり、数え切れぬ先人の苦しみや悲しみがあったからこそ、私たちは平和な現在を過ごせているのだと改めて痛感しました。更なる世界平和を目指す為にも、私たちは後世に戦争や独裁政治の恐ろしさ、惨さの実態を語り継ぐ必要があると思いました。

 

 今度は、ラトビアのデザインを学ぶことができる装飾美術館へ行きました。ここでは20世紀初頭に「ROMANS SUTA」という陶器で有名な会社の展示物やエレクトリックの会社の展示物までカバーしていました。陶器のデザイン原画も展示されていましたが、原画が残されていることはまず少ないため、とても貴重な展示物であるとのことでした。見たことのない斬新なデザインの椅子やビニールで作られたデザインの洋服など、素晴らしいアイデアによって作られたデザイン性のある作品に触れることができ、とても感化されました。

 

 なお、ラトビアのアートは、プロパガンダに使われている時代がとても長く、アートがアートとして扱われるようになったのはごく最近であるそうです。アートは、アートとして鑑賞するからこそ、自身の考えや感覚に刺激を与えてくれるのだと思い、美術館や博物館の価値を感じた一日でした。


(経営学部2年 井上楓袈)

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2019年9月4日 午後


 昼食後、次にリガの歴史と海運の博物館を巡りました。18世紀ごろのリガの芸術品が展示されており、鉄砲や船の模型、当時の貴族の服装等がありました。この博物館は、展示品の横にロシア、ドイツ、イギリスの説明書が置いてあり、様々な国からの来館者がリガの歴史を理解できるのだと思いました。15時に現地のラトビア大学の学生と合流し、バスで次の野外民俗博物館に移動しました。ガイドの方の説明を、現地学生の方が日本語で訳して説明してくれました。この博物館には、18世紀の家が展示されており、周りに井戸やサウナもありました。家は、藁葺き屋根の木造建築になっており、日本との共通点がありました。とても離れている国同士なのに、この共通点があることを不思議に思いました。

 

 18時頃、バスでホテルまで移動し、お土産を買いに行く人、ホテルで話している人、薬局でオススメの化粧品を教えてもらいに行った人等、各自で自由に過ごしました。私は、現地の大学生と一緒にレストランに行き、食事をしました。注文した料理が運ばれるまで、お互いの名前の由来や、漢字の紹介などをし合いました。日記にサインをもらい、各自メモ帳に自分の名前をロシア語やラトビア語で書いてもらいました。昨日よりたくさん話をして、ラトビアの学校の仕組みを教えてもらったり、日本の料理や文化についてどのように感じているのか伝えてくれました。明日、リガを離れてしまうのが少し悲しいです。

 

(人間学部 2年 井原美咲)

IMGP0033.JPG4日工芸とデザインの博物館にて、学芸員と.JPG
 

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