第二弾「新・文明の旅」現地リポート

2015年3月4日~3月20日迄、各学部から選抜された学生がポーランド、リトアニア、ラトビアを訪問

第二弾「新・文明の旅」現地リポート|文京学院大学

イベント一覧

<前へ1  2

20150310 ビリニュス大学~カウナス移動

2015年3月10日 [ カテゴリ:イベント ]

DSC_0354.jpg
 午前中は曇り空の中ヴィリニュスを散策しました。市内には歴史的な建築物が建ち並んでおり、どこかポーランドのクラクフに似た雰囲気を感じます。ヴィリニュス大学の近くにある「夜明けの門」の内部には、20人も入らないような小さな部屋があり、輝かしい金色にあしらわれた聖母マリアのイコン(肖像)が飾られていました。イコン自体は17世紀頃につくられたもので、人々から「奇跡を起こす力」があると言われています。部屋では数人の敬虔な信者たちが聖母マリアの前に膝をつき、熱心に祈りを捧げていました。そこには神聖な雰囲気が漂っていましたが、信仰心の薄い私にとっては、この空間が持つ意味を十分に理解することは出来ませんでした。彼ら彼女らがどのような心境で祈っているのか、想像しながらその場を後にしました。
 
DSC_0293.jpg
 午後2時からはヴィリニュス大学の学生と対面し、交流を深めながらプレゼンテーションを行いました。今回の交流では、私たち学生から率先してコミュニケーションを取ろうとする姿勢がみられ、個々人が確実に成長していると実感できたと思います。時間の都合上プレゼンテーションを行うのは矢萩さんと細田さんの二人です。矢萩さんは「日本のいじめ問題」について、細田さんは「日本人の宗教観」についてです。現地の学生たちは、矢萩さんのプレゼンに関して、いじめはリトアニアでも抱えている問題だと教えてくれました。思った以上にリトアニアでも、日本と似た問題が起こっていることを知り親近感を感じたと同時に、どうしたら共にいじめの問題を減らしていけるのだろうかと考えました。細田さんのプレゼンに関して、リトアニア人の若い世代では宗教への信仰心は少し薄く、高い年齢層ほど信仰心が強いと教えてくれました。これは、前回のポーランドでも似たような回答があったので、リトアニアもポーランドも通ずるものがあるのだろうと感じた次第です。どちらのプレゼンもなかなか難しい題材ではありましたが、各メンバーが現地の学生の理解をサポートしたこともあり、非常に興味深いプレゼンテーションだと言ってくれました。また現地の担当の先生までもがメモを取ってくれていたらしく、私たちは確かな手応えを感じることができました。
 
DSC_0396.jpg
 ヴィリニュス大学の学生と別れを惜しみながら、私たちは次の目的地であるカウナスへ向かいました。ヴィリニュスから約1時間半程バスに揺られ、私たちは現地に着きました。ヴィリニュスの市街は現代的な印象が強かったのですが、カウナスは静かな街という印象を受けました。リトアニアに来て2日目となりましたが、明日からはビタウタス・マグヌス大学との交流が始まります。そして、メンバーの全員がホームステイをします。リトアニアで出会う人は、どんな方々なのか、私たちは何を学び何を得ることができるのか、私たちはリトアニアで何を発信できるのか。今後の旅でも出会いを大切に、感謝の気持ちを忘れずに私たちの伝えたいことを発信してまいります。
 

DSC_0435.jpg

20150309 日本精工株式会社キェルチェ工場訪問~リトアニア移動

2015年3月 9日 [ カテゴリ:イベント ]

DSC_0173.jpg
 今日は日本精工株式会社様のキェルチェ工場(以下NSK様)を訪れました。2時間半という短い時間ではありましたが、とても興味深い時間でした。私の祖父は会社を経営していて、その影響で私は経営学部という進路に進みました。以前から祖父の会社の工場を見学したり、実際に手伝ったりした経験があるので、NSK様を見学することはとても楽しみでした。事前に学習してきたことと照らし合わせながら、製造工程を見せてもらいました。NSK様の方々のご説明や、質疑応答でのご対応はとても丁寧で、本当に分かりやすかったです。ポーランドで活躍している日本の企業を見学させていただくという貴重な機会は、経営学を学ぶ私にとってとても良い経験になりました。グローバル化が進む現代の社会のお手本と呼べる企業を生で見ることができ、とても勉強になりました。
 
DSC_0120.jpg
 
 また、ポーランドからリトアニアへ飛び立つ飛行機の中で私は考えました。ポーランドに来る前と来た後では、私は何が変わったのだろうかと・・・。私はこのポーランドにきて新しい多くのことを発見し経験しました。そうした経験の中で変わったのは英語への考え方です。私は今までそれなりに英語は勉強してきたつもりでした。大学受験でも経験しました。しかしポーランドに来て、私は自分の英語の出来なさにショックを受けました。中学校で習うような簡単な単語すら聞き取れませんでした。また、英語が話せないがために、伝えたい思いの全てを伝えることができませんでした。どんなに頭で思っていても、言葉にすることができませんでした。ポーランドの人が積極的に話しかけてくれるのに、私は理解することも、話すこともできず、本当に悔しかったです。情けないと思いました。これでは、いったい今まで何のために勉強してきたのか分からないと思いました。しかしここで自分の弱さと向き合えたことはラッキーだったと思います。この悔しさはコミュニケーションのための英語を勉強したい、という気持ちに変わりました。またいつかポーランドに来る時があったら、その時は英語でコミュニケーションを取れたらいいなと思います。
 

DSC_0103.jpg

 今日でクラクフとはお別れです。ポーランドの土地にせっかく慣れたのに次の土地に行くことはすごく寂しいですが、ヤゲヴォ大学の学生さん含め、ポーランドの人々はとても優しい、温かい国だということを改めて感じました。私たちは、ポーランドのことについていろいろと現地で直に学べ、体験できたと思います。クラクフの街やアウシュビッツは文献などで調べたときとは違い、「百聞は一見にしかず」とはこういう事なのだなと感じました。
 さて、変わって今日はクラクフとワルシャワの間のキェルチェというところにある日本精工株式会社様の工場を見学させていただきました。日本精工様はベアリングという、機械と機械を繋げる部品を製造している会社です。日本精工様についていろいろご説明を伺い、工場を見学させていただきました。重要な部品ができるのを直に目にすることができて、よかったです。忙しい中、時間を割いて、私たちに説明してくださった日本精工様の皆様には本当に感謝を申し上げたいです。ありがとうございました。
 
DSC_0193.jpg
 工場見学のあとはリトアニアに向かうためにワルシャワ空港へ移動しました。ここで、私が知識不足だったのが、預ける荷物が一個までだったということです。急いで一個にまとめ、手荷物検査に行きました。飛行機には間に合ったものの、そのおかげで時間に遅れ、みんなにとても迷惑をかけてしまいました。これからは、しっかりと理解し、迷惑をかけないようにしたいと思います。
 飛行機を利用し1時間程でビリニュスの空港に到着しました。明日はビリニュスの市内散策、午後にはビリニュス大学で2人がプレゼンを行います。そのあと、カウナスへ移動です。リトアニアでも集団行動を意識して行動していきたいと思います。
 
DSC_0201.jpg

20150308 アウシュビッツ見学

2015年3月 8日 [ カテゴリ:イベント ]

DSC_9856.jpg
 ポーランド滞在もいよいよ終盤に差し掛かりました。幸運にも天気に恵まれ、クラクフの街も一層美しく感じられます。
 
 本日の見学先は、アウシュビッツ収容所です。アウシュビッツはクラクフのホテルよりバスで約1時間の、オシフェンチウムにあります。オシフェンチウムは13世紀から続く歴史ある町で、戦前は当時人口の約8割がユダヤ人だったそうです。しかし、アウシュビッツでは多くのユダヤ人などが虐殺されました。その理由もあって、現在ではユダヤ人はほとんど住んでいないそうです。
 
DSC_9873.jpg
 施設に入ると、メンバーにはどこか緊張感が漂っているように思えました。それはアウシュビッツのような「負の遺産」を見学することは、精神的ハードルの高いものだからかもしれません。私たちはここで、ホロコーストという人間の最大の過ちの記録を見ることができました。様々な展示物や(壊された残骸も含めた)建物を見ていくにつれて、様々な疑問が湧いてきます。なぜ彼らは殺されなければならなかったのか。なぜ彼らは殺さねばならなかったのか。なぜ、なぜ…。考えても考えても納得できる答えは得られませんでしたが、このような事実を「忘れない」ことが大切なのかもしれない、という結論に至りました。自分が立っているその場所で、かつて多くの人々が虐殺されたという事実。目の前にあるこのガス室に入れられた人達は、どんな思いで一生を終えたのだろかと考えると、とてもやりきれない気持ちになりました。実際にその地へ訪れれば、知識を経験に変えることができます。私たちは人間の五感すべてを使って、アウシュビッツでの時間を経験することができました。しかしその反面、やり残したものもあったと実感しました。それは、事実を知った上で自分の意見や結論を出すということです。おそらくは、今日新たに知りえたことや感じたことを頭の中で消化しきれていないからかもしれません。アウシュビッツは、言葉では表しきれない場所でした。
 
DSC_0018.jpg
 
 アウシュビッツから帰ってきた後はクラクフでの最後の自由行動。20時からはホテルでミーティング。はじめは経営学部の磯野君と金澤君による、明日訪れる日本精工様についての情報共有です。現地で説明を受けるにあたっての助けになったことと思います。続いては、これからリトアニア、ラトビアでプレゼンテーションを行うにあたっての準備を行いました。ポーランドでは既存のスケジュール通りに進まなかったためです。同じ失敗を繰り返さないよう、お互いに対策を考えました。最後に磯野君と金澤君からは、ギルナー先生を含めた女性メンバー全員へ向けて素敵なお花のプレゼントがされました。というのも本日3月8日は「女性の日」であり、男性が花を贈る文化があったからです。
 
DSC_0090.jpg
 ミーティングが終わった頃には、ヤゲヴォ大学の学生さんたちがホテルまで来てくれていました。次の日ポーランドを離れるにあたっての最後の別れを言いに来てくれたのです。これまでのような長い時間は取れませんでしたが、出発前日にも会うことができて嬉しい思いでした。ヤゲヴォ大学の学生の皆さん達との交流は短くもたくさんの「気づき」に恵まれました。ただ単純に学び合うだけでなく、たくさんのコミュニケーションの中でお互いに信頼関係も生まれたと思います。また、いろいろな場所に連れて行ってもらう中で、ポーランドの若者のライフスタイルなども垣間見れた気がします。そういった新しい出会いの中で日本とは異なる生活文化や習慣を知り、自分の視野をまた少し広げられたのではないだろうかと感じました。最後の別れの時、皆でまた会う事を約束しました。再会の日がいつになるのか、それが近いのか遠いのかはわからないけれど、また会えると信じています。たった4日間の交流、ほんの数時間を共にしただけで、こんなにも心の通じ合える友人達と出会えるなんて、改めてこのプログラムの価値と可能性を感じられた1日でした。
 
DSC_0077.jpg

20150307 バベル城~マンガ館

2015年3月 7日 [ カテゴリ:イベント ]

DSC_9739.jpg
 
 渡航から3日目の朝はこれまでよりも少し暖かい朝でした。前日の指示通り、ドミトリーにとまった学生は皆、ドミトリー近くのスーパーマーケットで朝食を買いました。その各々が道を歩く姿や、レジを通して買い物をする姿は、何日か前に異国の地ポーランドのやってきた時のたどたどしい姿は大きく成長を遂げたように思えました。
 
DSC_9824.jpg
 
 午前中はヴァヴェル城の見学をしました。私がここで感じたことは、ヨーロッパの国にとって教会がとても身近で、大切だということです。現地の教会は、とても重みがあって厳かな空間でした。中には「prayers only」という注意書きがされている部屋もありました。神聖な場所だから入ってはいけないのではなく、他人が信仰者の聖域に勝手に足を踏み入れないようにするためだと思います。
 私自身は、何かを信仰しているわけではないので宗教を身近に感じられません。また、何か信仰するという感覚がよくわかりません。しかし、信じることの自由がこの世界に在りつづけてほしいと思いました。今、宗教からもめごとが起こり、世界に広まり、さらには生命の危険さえ伴う問題が勃発しています。誰がどの宗教を信じようと、その人の自由です。また、この世界の宗教を一つにすることは不可能です。だからこそお互いが分かり合っていくことが大切だと思います。そのためには、何か特別なことをしなくてもいいのです。ただ、だれがどんな状況にいようとも、何かを信じる自由は保障されるべきだと思います。
 
DSC_9799.jpg
 
 ヴァヴェル城見学後に各自で摂ることとなった昼食は、設定された時間が短かったこともあり、全体的に集合時間に遅れがちでした。また、漫画館に移動する際にも歩行の列が長く間延びしていてルーズでした。今日は終始時間のマネジメントがうまくいかず、周りに迷惑をかけたシーンもあったので自分たちがいかに時間にルーズかを痛感し、今日はもう一度当たり前のことから再確認する必要性を感じた一日でした。
 そしてそんなこんなで私たちはマンガ館に到着しました。マンガ館での活動は私たちが事前にとりあげた日本のトピックをもとに参加者の方々と交流をするというものでしたが、内容の部分で私たち学生の認識と実際のアクティビティには大きなギャップがあり戸惑いながらのスタートでした。しかし現地の学生や参加者はとても積極的にアクティビティに参加してくれて、とてもスムーズに進行していきました。私たちが用意したテーマについて真剣に読んでくれたり、質問をしてくれるポーランドの方々を見て、この旅の意義が私たちの学びだけではなく、彼らと共に学び交流するなのだと改めて実感させられました。そして彼らとの意見交換の中でコメントを得られたことは、私をはじめ、参加した メンバー全員の貴重な財産となっています。
 
DSC_9843.jpg
 
 そして今日はポーランドの学生と私たちが交流できる最後の機会である交流パーティーが最後にありました。それぞれの都合もあり参加できなかったヤギェロン大学の学生もいましたが、それでもたくさんの学生や教員、関係者が集まってくれて、パーティーは大いに盛り上がりました。彼らは活動中やそうでないときも、本当に私たちと積極的にコミュニケーションをとろうとしてくれました。そして今日までに、親友とよべる仲間になりました。パーティーが終わった今考えてみると、彼らとはまだ出会って3日でした。しかしこの3日間の思い出は永遠になくなることはないでしょう。
 そして明日はアウシュビッツの見学があります。どんな学びがあるのか楽しみにしたいと思います。
 
34894.jpg

20150306 ヤギェウォ大学二日目

2015年3月 6日 [ カテゴリ:イベント ]

DSC_9470.jpg
 
 新・文明の旅三日目、今日はこの旅最初のプレゼン発表でした。プレゼン前にまずは「豆つまみ」という、小豆を箸で移動するゲームを行いました。ヤギェロン大学の学生の方々は、最初は箸使いに戸惑っていて、小豆を全くつまめない人が多かったです。しかし、実際にゲームを始めると、どのチームも接戦で、白熱したアクティビティとなりました。
 アクティビティで親睦を深めた後は、いよいよ私達のプレゼンです。ヤギェロン大学では9人の学生がそれぞれのテーマでプレゼンをしました。「縁起」「日本人の宗教観」「恵方巻き」「江戸しぐさ」「日本のホラー映画」「日本のお風呂文化」「LGBT」「障がい者スポーツ」「日本のいじめ問題」といったようにバラエティに富んだテーマでした。ヤギェロン大学の学生方も私達のテーマについて真剣に考え、たくさんの話を聞かせてくれました。プレゼンは文京学院生がヤギェロン大学の学生方の隣に座り、発言のフォローをしたり、理解の手助けをしたりしていました。
 
DSC_9501.jpg
 
 午後の最初はポーランド語のプレゼンでした。発音の仕方や練習をして少し会話をしました。日本語と違い発音が複雑で難しかったです。戸惑いながらも現地の大学生に教えてもらい少し話せるようになりました。その後はポーランドの祝日、虫について、河童とWODNIKについてのプレゼンを聴きました。ポーランドの祝日はユニークなものが多くとてもおもしろかったです。また日本の祝日と似たものがあり親近感がわきました。インターネットではなかなか載ってない情報ばかりだったので、知ることができてよかったです。虫のプレゼンは日本語での虫を使った表現の仕方という内容で改めて日本語について考えさせられました。そして日本語の知らなかった面白さとか昔の人の考え方を知ることができたのですごく良い機会となりました。河童とWODNIKのプレゼンは妖怪についてのお話でした。河童とWODNIKはどっちも同じような妖怪です。遠く離れた国同士なのに日本とポーランドで共通している点があったことが、うれしかったし興味深いことだと思いました。
 
DSC_9615.jpg
 
 夕方からは「日本語サロン」で日本語学習者や日本人留学生の方々と話し合いをしていました。それぞれのテーブルで、それぞれが会話を楽しんでいました。日本語に自信がなくてなかなか話せない学生には、英語も混じえてコミュニケーションを取るようにしていました。私はこのサロンでの話し合いの時間がとても充実したものだったと思います。しかし、私達が普段使う日本語は日本語学習者にとってはわかりづらいものなので、簡単で適切な日本語を選んで話すのが難しかったです。
 
DSC_9689.jpg
 
 その後現地の学生がお店を予約してくれたので引き続きお店で交流を深めました。すしバーに連れていってもらいました。ポーランドの方はパーティーが大好きなのでたくさんおもてなしをしてくれました。海外でお寿司を食べる機会はめったにないのでどんな味か不安でした。しかし食べてみるとすごくおいしくて日本の味といっしょでした。ただ現地の学生は濃い味に慣れているので、醤油とわさびをたくさんつけて食べたり、寿司がおいしくないと言っていたので文化の違いを感じました。
 
DSC_9658.jpg

20150305 ヤギェウォ大学一日目

2015年3月 5日 [ カテゴリ:イベント ]

DSC_9288.jpg

 

 二日目は朝ごはんをホテルで食べました。思っていたよりホテルの朝食がおいしく、ポーランドの郷土料理なのかよくわからない食べ物もあったのでポーランドにいるんだなーと感じた事を覚えています。しかしすごくおいしかったので沢山食べてしまいました。朝食のあとヤゲロン大学に向かい、現地の先生、学生と初めて会いました。ヤゲロン大学は651年の歴史があり、校舎も古いですが日本とは違い歴史がある建物ですごく綺麗だったのを覚えています。ヤゲロン大学の先生による紹介と私たちの自己紹介などをしたあと、解散してお昼をグループに別れて食べに行きました。中央広場はヨーロッパの建物がたくさんあり息をのむほど美しい光景が広がっていました。昼食はその光景を見ながら外でポーランドの料理を食べました。店員さんはすごく優しくてポーランドの人はみんな優しいのだなと思いました。自由行動終了後15時から17:10まで学生による自由行動(お土産屋さんや城)をしました。城ではクラクフの有名なドラゴンの伝説を現地の学生に教えてもらいました。

DSC_9337.jpg

 

 午後は、3時までアクティビティのメンバーとの自由行動だっため、お互いの仲を深める良い機会となりました。3時からはヤゲロン大学の学生と散策をしました。現地の学生だけではなく、私たちの言語力も試されました。私たちの共通の言語は英語であるため、日本語が伝わらないときは、英語に頼らざるを得ないからです。私は英語を話すことが得意ではないため、言いたいことが伝わらないもどかしさを強く感じました。海外の方とのコミュニケーションをとるためには、やはり英語が重要だと感じました。
 
DSC_9377.jpg

20150304 羽田出発~クラクフ到着

2015年3月 4日 [ カテゴリ:イベント ]

DSC_9078.jpg

 海外派遣メンバー出発日。天気にも恵まれ、羽田空港にて無事結団式を行うことができました。はじめはやはり全員緊張していましたが、お見送りに来てくださった教職員、そして保護者の皆様の応援や励ましにより、リラックスすることができました。また第一回から続く「新文明の旅記録 ノート」を島田先生から受け取り、たくさんの応援メッセージを読むことで現地での活動への励みになったのはもちろん、メンバー一人一人が改めて気合いを入れ直すことが出来たと思います。

 
DSC_9130.jpg
 結団式を終え、飛行機へと向かうみんなは不安よりも期待の方が大きくワクワクしていました。
荷物検査では金属探知機に引っ掛かり全身を検査される人やバッグを開けて念入りな再確認を求められた人など、他国に入国するということの厳しいチェックを受けている人もいました。また英語での急な質問に対して戸惑って場面も見受けられました。何事も経験だなと思わせられる出来事が多くあり、貴重な体験のひとつになりました。またフランクフルトの空港では、馴れないユーロを使いながらも、自分で金額を計算しつつ買い物を楽しみました。
 
DSC_9149.jpg
 現地時間の22:30にクラクフに到着。
 クラクフの寒さを予想していたものの予想を超える寒さに驚きました。そんな寒さもつかの間、バスでホテルに向かいます。バスの中ではガイドの方にポーランドのお話をしてもらいました。ホテルに到着後、初めて見る街並みや、ホテルの綺麗さに感動しながらも到着したのは24:00。次の日の朝に備え皆がそれぞれに部屋へと向かいます。
 私自身一日を思い返すと、初めての体験ばかりであっという間に物事が過ぎ去っていったように感じます。
明日からは本格的に活動が始まり、現地の学生との交流も始まります。皆それぞれが思うことがあると思いますが、新文明の旅一日目が誰一人かけることなく、無事に目的地までつけたことが本当によかったと思います。
 明日からの活動も体調と身の安全を一番に精一杯力を発揮していきたいと思います。
 
DSC_9112.jpg

敦賀学生報告②

2015年2月27日 [ カテゴリ:イベント ]

 昨日に引き続き,本日も敦賀にて研修を行いました。敦賀は天候が変わりやすく,「弁当は忘れても傘だけは忘れるなと」という格言があるそうです。本日は朝から雨風で,晴れたかと思うと雪そして雹と正に傘を忘れられない天候でした。そのような天候の中でしたが,むしろその変化を楽しむ勢いで敦賀市内を8名全員で回ってきました。そんな活動内容を今回は松田,若山,石川の3名が紹介していきます。

 本日のスケジュールは,ユダヤ人難民の足跡をたどるツアー,敦賀市内視察,そして日本海地誌調査研究会顧問の井上さんと人道の港調査研究所長の古江さんへの学生によるインタビューでした。
 午前中は、雨風の中,昨日訪れた敦賀ムゼウムのスタッフの方の案内のもと、ユダヤ人難民がたどったと考えられる足跡をたどる散策ツアーに出かけました。約2時間かけて市内散策を行いながら、様々なエピソードをうかがいました。シベリア鉄道を利用して長い旅路を経てやってきた「ユダヤ人難民」に,青果取引をしていた敦賀市民がリンゴを差し出したということ、多くのユダヤ人難民に対する銭湯開放など様々な出来事があったようです。言葉も通じない,その当時の日本人からすると得体の知れない異国の方に対して,自分から話しかけリンゴを渡したという行動には驚きました。日本人は優しいと言われていますが,同時に恥ずかしがり屋だというイメージがありました。仮に自分が,同じ場面に置かれたことを想像してもそのような振る舞いやもてなしはできただろうか、難民に関わることが自分の不利益になると考え、なにも行動に移せなかったのではないか、そんなことを考えました。
 ユダヤ難民の足跡をたどる散策ツアーを終えたのち、「日本海さかな街」で昼食をとりました。ここは日本海最大の海鮮市場でおよそ70のお店が軒を連ねています。個々ではマグロやエビなど海の幸をたくさん使った海鮮丼は非常に有名です。私たちは名物の「海鮮丼」と「極み丼」を食べました。料理が運ばれてきたときはそのボリュームと,ネタの厚さに驚きのあまり思わず声がでました。マグロ,いくら,うに,サーモン,イカ,エビなどの多くのネタ,まさに日本海を食べつくしたという感じでした。
20150227-1.jpg
 
















 昼食後には,4名ずつ2班に分かれて敦賀の魅力を探るための市内散策をしました。グループMは,古くから日本の白砂青松100選に指定されている松原を訪れました。「気比の松原」は、「虹の松原」「三保の松原」とともに日本三大松原と呼ばれています。松原の中には散策路がめぐらされていて,ジョギングコースを道なりに進んでいくと壮大な風景が目の前に広がってきました。日本海の美しさに今まで味わったことに感動を覚えました。残念ながら今日は真冬のような寒さで,時々雪が舞うような最悪のコンディションでした。晴天時にはさらにすばらしい日本海の絶景を見ることができるようです。夏には花火大会や潮干狩りや海水浴などができます。今度来るときは最高の天気でもう少し気温も温かい時期にきたいです。

 グループS もまた「気比の松原」を訪れました。かなり風が強く波が荒立っていましたが,なんと2名が海に入り,靴と靴をびしょびしょにして帰ってきました。視察途中に観光案内所の方から「気比の松原」にはおよそ1万7千本もの松があることや,戦時に空襲を免れたためまだ松が残っていることなど教えていだきました。さらに帰りには、お土産として1万7千本ある松の中のうちの1本からしか取れないという350ml缶ほどの巨大な松ぼっくりを4つもいただきました。
 松原を後にし気の向くままに市内散策を行いましたが,道中すれ違う地元の方から「観光かい?」と話しかけられました。気さくで親切な敦賀の方々だからこそかもしれませんが,敦賀の地で若い学生が4人も歩いているという光景が敦賀の方々にとって新鮮に写ったのかもしれません。
20150227-2.jpg




























 さらに商店街を歩いているとFMラジオステーションがありました。私たちを見るなり「どこからきたの?学生さん?!」とウィンドウ越しに叫ばれ,プチインタビューを受けました。私たちの声がFM電波に乗って流れたかは分かりませんが,ひょっとするとラジオを聞いている敦賀の方々に,勉強のために東京から敦賀に訪れている大学生がいるということが伝わったかもしれません。2時間ほどの市内散策でしたが,気さくな敦賀の方々の暖かさに触れながら,敦賀の良さを満喫することができました。
 余談ですが,タクシー移動途中に見かけた敦賀高校の略称「敦高」は“つるこう”ではなく“どんこう”と言うらしいです。運転手さん曰く、これは,「敦」を中国では「どん」と読むからとか。

 敦賀市内散策の後は、「日本海地誌調査研究会 井上脩さん」、「人道の港調査研究所 古江孝治さん」に,敦賀とユダヤ難民やポーランド孤児と関係について、インタビュー形式で質問させていただきました。授業や映画などを通して,「杉原千畝さん」のことを多少なりとも知っているつもりでしたが、実際にお話を聞くとまだまだ知らないことが多いと改めて感じました。日本人は自国の歴史や文化などを知らないとよく言われますが,全くその通りだと思いました。このプログラムを受講していなければ,杉原千畝さんの存在自体知らなかったと思います。井上さんたちのよう長年研究している人たちや敦賀などの地元の人たちはしっているかもしれないが,全く知らない人も全国には大勢いると思います。今回の経験を生かして、こうした事実を我々学生の力で日本全国,そして世界に発信していけたらいいです。

●今回のインタビューを終えての感想

感想1:今回はインタビュー中にいくつか質問をしようと考えていたのですが,お二人のお話がとても内容の濃いもので僕も傾聴するのに夢中になりすぎてしまいました。そのため,せっかくの機会だったのに質問するチャンスを逃していまい非常に残念で悔しいです。 次にこういう機会があれば積極的に自分から質問していけるようになりたいです。
 感想2:今回のインタビューでは,前日にメンバー皆で事前に質問を考えました。インタビュー直前の土壇場で私は質問のコンダクターを任されることとなりました。打ち合わせもなく先生からコンダクター程度で良いと役割をふられましたが,本当に信じられないと思いました。事前に用意した質問を回答者のお二方の話す内容と関連付けながらどのような順序で質問していけば良いのか,また他のメンバー達にどの質問を振るのが良いのか,どの質問をしてほしいという意図をどのようにメンバーに伝えていけば良いのかなど,質問者と回答者そして話の内容を把握しながら質問内容を考えていかなければならず、かなり苦戦しました。他のメンバーに上手く質問を振ることができないこともありましたが,気になったことを質問し答えてもらうという形式を、全く違う視点から見ることができたのは自分にとって良い経験となりました。

 感想3:今回の敦賀プランでは杉原千畝さんが行ってきたビザの発行の経緯、その20年前に行われたポーランド孤児の受け入れに関する経緯を聞かせていただき、またムゼウムに展示されていないビザの写真なども見せていただき,非常に勉強になりました。私たちの質問一つ一つに対して丁寧に答えてくださった先生方の話に聞き入ってしまい,あっという間に時間が経ってしまったように感じました。このような機会はなかなかありませんので、この経験を今後のプレゼンなどに生かせるよう,帰ってからしっかり復習しようと感じました。今日は,お話を聞けて本当に良かったです。
20150227-3.jpg




 











以上です。来週には、いよいよ海外組が渡航します。どんな出来事が起こるのか、海外組のブログを楽しみにしています。


敦賀ムゼウムのfacebookに本学学生訪問の投稿がありました。
記事:
https://www.facebook.com/tsurugamuseum/posts/832892943442910
 

敦賀学生報告①

2015年2月26日 [ カテゴリ:イベント ]

みなさんこんにちは!
今日から、新・文明の旅プログラムの国内組メンバー(学生8名、教員2名 計10名)による福井県敦賀市の視察研修が始まりました。今日と明日、海外での活動に向けて頑張っている海外組のみんなに負けず、国内組の8人も張り切っていきたいと思います。
さて、そんな活動の様子を、国内組の須藤、中世古、寺﨑の3人が紹介をします。

20150226-1.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 








そもそも、なぜ福井県敦賀市なのか――――――――――――   

新・文明の旅事前授業「特講a」「特講b」では、リトアニア領事代理であった杉原千畝氏や、ユダヤ人難民のことについて集中的に学びました。敦賀市および敦賀湾には、1920年にポーランド孤児、1940年にユダヤ人難民が上陸しました。また敦賀市には、「人道の港 敦賀ムゼウム」という、ポーランド孤児とユダヤ人難民の資料を展示する施設があります。“東洋の波止場”と呼ばれたこの地では、現地の人々との交流や当時の様子など、まさに歴史を教材に多くのことを学ぶことが、今回の訪問の目的です。

 

東京から敦賀へ まさかのアクシデント――――――――――
品川駅から新幹線ひかり509号に乗り、米原駅に着きました。そこから特急しらさぎ7号に乗り換え、敦賀駅に着きました。ですが、早速アクシデントが。引率のN先生が車内に鞄を忘れ、あたふた!発車ベルが鳴る中、ギリギリ車内に鞄を取りに聞き、ドアが閉まる間際にホームに飛び降り、なんとかセーフ。初めから(学生ではなく)、先生が暴走してしまいました。
敦賀では、雪がまだ残っていますが、思ったよりも寒くはなく、むしろ快適でした。

 

人道の港 敦賀ムゼウム訪問――――――――――――――
「人道の港 敦賀ムゼウム」には、過去に日本がポーランド孤児を助けたことや、杉原千畝氏がユダヤ人難民に大量のビザを発給し、日本への入国を受け入れた当時の出来事が具体的に展示されていました。なお、近くには敦賀港があり、二つの出来事はこの港を基点にして起きたものです。また敦賀ムゼウムは、多くの外国人観光客が訪問する場所になっています。

20150226-2.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 








敦賀港とウラジオストク―――――――――――――――――

ユダヤ人亡命には、世界最長の鉄道で、ロシアの東西を横断できるシベリア鉄道が使われました。モスクワ発のシベリア鉄道の終点は、ロシアの極東であるウラジオストクです。敦賀は、そのウラジオストクと海路を通じてつながっているため、その当時の日本を代表する港として機能していたのです。


ポーランド孤児と敦賀――――――――――――
ポーランド児童救済会長のアンナ・レリーバ ヴィルケウィッチ女氏は、ポーランド孤児を救済するべく、日本に支援を求めてきました。そもそもポーランド内戦中、日本・アメリカ・イギリス・フランスの4カ国が、孤児たちを援護しようとしていました。しかしアメリカ・イギリス・フランスは、その救済ができないと判断したのか、途中で止めてしまいました。そして残ったのは日本だけ。このエピソードは、ポーランドと日本の友好のきっかけの1つになったと考えられます。

 

敦賀鉄道資料館(旧敦賀港驛舎)―――――――――――――
敦賀は、日本海側初の鉄道ができたことで国際港となり、「鉄道と港のまち」の横顔を持つようになりました。地形を活かし、地域を発展させることで、まさに日本の外交を発展させたのです。

20150226-3.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 








1日目を終えて―――――――――――――――――――――
敦賀ムゼウムの受付で、りんごの洋菓子を販売していました。名前はルガラーと言い、ユダヤの伝統菓子だそうです。ユダヤ人が敦賀に亡命した時にも、日本人がユダヤ人にりんごを分け与えていたとのことです。敦賀ムゼウムでは、ボランティアスタッフの方からポーランド孤児・ユダヤ人、鉄道の話をうかがいました。とても分かりやすく、熱心に話してくれました。われわれも今後、日本にはあまり知られていないポーランド孤児のことや、ユダヤ人を救った日本人がいることを、みんなに知らせていきたいと思うようになりました。
 
 初めて敦賀に来て、まず始めに気づいたことは、駅舎が綺麗だということです。何度か改修工事が行われているとのことで、われわれは、とても素敵な駅舎に迎えていただくことができました。敦賀ムゼウムや、敦賀鉄道資料館の方々、そして夕飯で訪れた地元名物「カツどん」「パリ丼」などで有名な敦賀ヨーロッパ軒の方々、敦賀駅前店の店員さんなど、たくさんの方々に温かく迎え入れていただき、本当に感謝しています。とくにヨーロッパ軒さんの「カツ丼」「ミックス丼」、おすすめです!
皆様ありがとうございました。2日目も、ぜひ楽しみたいと思います。

 

20150226-4.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 








明日2日目のブログは・・・―――――――――

2日目のブログは、石川さん、松田さん、若山さんが担当になります!敦賀の魅力をより深く伝え、面白い記事を書いてくれると思いますのでお楽しみに!


 

新・文明の旅 海外派遣メンバー合宿

2015年2月11日 [ カテゴリ:イベント ]

海外派遣学生の合宿が、2/10(Tue)~11(Wed)の2日間
ふじみ野キャンパスで行われました。
 
海外派遣学生が一同に会し長い時間一緒に過ごすのは今回が初めて。
 自己紹介、派遣先での各々のプレゼンについての意見交換や
先生からのアドバイス、夕食・朝食となる日本食づくり
渡航先のアクティビティーの準備、等
チームワークの強化と派遣に関する情報共有を進めました。
 
さらなるプレゼン内容の向上と出発に向けての準備を整え
3/4(Wed)、約2週間の旅に出発します。

20150210-1.jpg

20150210-2.jpg

20150210-3.jpg

20150210-4.jpg
 

<前へ1  2